『日帰り遡行』
呼んでいる。
とても近くで、遥か遠くで、
いつかの私が呼んでいる。
机の引き出しに手を突っ込んで
色あせた回数乗車券と
皺くちゃの地図を引っ張り出したら
会いに行こう。
あの日の、私に。
還る旅に出た、
帰らざる旅人。
***
悪い林檎は捨てましょう。
一際黒く、歪で、傷んだもの。
一等赤く、丸く、瑞々しいもの。
全ては、世界の均等化の為に。
***
美しいだけの、蛾。
死んだように動かない。
唯美主義の彼女の羽は
羽ばたくことを忘れて
世界の彩に昇華した。
***
『灰浴』
夕方のような、薄暗い朝。
堪える様子もない
不変的な曇天。
全てが灰色に、滞る。
穏やかに、滞る。
***
『秋染め』
芸術の秋。読書の秋。
スポーツの秋。
色々な秋に、染められて。
まだ誰も知らない
そんな私に会いに行こう。
***
木々の葉がもう少し色付けば、
最高のロケーションになるでしょう。
そうしたら、あなたと私
最強のキャスティングで
世界一ドラマチックな
1シーンを作り上げてみませんこと?
***
『Happy Room Wear』
ふわふわ もこもこのルームウェア。
愛らしさとぬくもりに包まれて
私はまるでマシュマロ気分。
マシュマロは悩まない。
柔らかくて甘くて
ただ幸せがいっぱいなの。
***
マグカップの中身は
すっかりぬるくなっているけれど
いつまでも、冷ましているフリ。
フー、と息を吹きかける仕草が
好き。
***
『秋と言えば』
秋と言えば、美しき夕暮れ。
澄み渡る空。黄金の稲穂。鮮やかな山々。
帳が下りれば、仲秋の名月に、兎の影。
そんな趣に心を傾けつつも、
まずはバーゲン。秋新作を見に行こう。
ボルドー、マスタード、ロイヤルブルー。
ニットやファーでトレンドを気取ってみたいし、
ちょっと変わった格好もしてみたい。
秋と言えば、おしゃれの季節。
***
『夢見る回想』
回想は、夢を見る。
それは事実より
ずっと美しくて、ずっと優しい。
引き出しの奥にしまい込んでいた
セピア色の写真のように
色褪せていて、鮮烈なもの。
***
時間は元に戻らないのに
私たちの関係は振り出しへ。
明日からは、
出会う前の二人のフリを
しなくちゃいけないのね。
***
変わってしまうことが怖かった。
でも、もう手遅れね。
だって
昔はこんなに臆病じゃなかったもの。
***
『空っぽ信者』
手持無沙汰になったから
手を合わせて指を組む。
風に目が染みたから
耐えるように瞳を閉じる。
こうしていると
祈りを捧げているように見えるでしょうか。
本当は何も考えていないのに。
何も、信じられるものなどないのに。
***
『憧憬の先』
あなたは太陽。
暗い宇宙に燃える、孤独な恒星。
その熱に、乾く。乾く。
私は枯渇して、砂漠になる。
憧憬の先に、渇望。
どうか、水を下さい。
***
『女の子の作り方』
お気に入りの可愛い小瓶に
トロトロのはちみつとキラキラのお砂糖。
バニラエッセンスはお好みで。
隠し味に天使の泪を一滴落としたら
蓋をして、レース付きのリボンでラッピング。
月明りの差し込む窓辺で一晩
しっかり寝かせたものが
女の子なのよ。
……なんて、
平然とのたまう開き直った生き物が
女の子です。
***
“ぷんぷん”とか
“ぷりぷり”とか
そんな風に頬を膨らませて
怒るわけないでしょう。
私が本当に気分を害した時は
あなたの目の前から姿を消すでしょうね。
***
『十人十色』
色。色。色。
色が咲く。
目まぐるしい鮮烈さに
私が埋没していった。
***
『彼岸に咲く』
夏の終わりの一輪華。
それは、孤独な群れ。
一人を選ぶ強さはあれど、
独りは耐えられなかった者たちの、集い。
***
可哀想だから 好きになったわけではないけれど、
可哀想なあなたが 好きだった。
そんな不毛な恋をしているわたしが、
一番 かわいそう。
***
語り継がれる都市伝説。
不幸の手紙、チェーンメール。
災いの震源にあるのは、
言葉とちょっとの好奇心。
***
神隠しに遭った?
何を言うの。
神を隠してしまったのは
人間の方じゃない。
***
『ひとり分の陽だまり』
とろけて輝くお日様の色。
ふんわり甘い、優しい匂い。
私だけの陽だまりを呼ぶ、
秘密の呪文。
あなたの名前を呼ぶ。
ただそれだけで、
日焼けしてしまいそうになるの。
***
こんにちは!
突然ですが明日の予報です!
明日は今日より、素敵な日になるでしょう!
けれど、あの日より素敵な日など
きっともう
二度と訪れないでしょう!
***
『赤の品格』
気高く生きていたかった。
それだけだったのに
ここに居るのは、
ただの孤独な性悪女。
真っ赤な嘘で塗り固められた
赤の他人のような、私。
***
排水溝に流れた私の髪はね、
深く暗く冷たい場所で
あなたの髪を探して彷徨い続けるの。
寂しい夜は
そんなことばかり妄想しているわ。
ねえ、今、私のこと
気持ち悪いと思ったでしょう。
***
『嘘つきの季節』
夏が終わる度、私は安堵する。
これからの季節は
孤独に震えても
悲しみに唇をかみしめても
寒さの所為に出来るのだから。
***
私の心はオートロックだけれど
あなたの心は自動ドア。
時々反応が鈍くなって、
私は額をぶつけるの。
***
あなたは氷みたいな人ね。
透き通っていて
キラキラ輝いていて
とても綺麗。
溶けると薄まって
物足りなく感じてしまうところも
本当に、そっくり。
***
『有耶無耶』
今まで曖昧にしてきたものが
私の周りに散らばっている。
片付けられない私は
いつかきっとそれらに呑まれるのだ。
そして私も
有耶無耶になる。
***
どうか私を、鎖で縛りつけておいて。
私があなたを、喰わないように。
あなたが私を、恐れるように。