【六曜日と、一。】(日曜日)



 バスから出たわたしは、部屋の中に居た。

 少し色のぼけた白い壁。使い込まれた木のテーブル。テーブルを囲む四つの椅子の上で、デザインの統一されていない座布団が潰れている。テーブルの横にはがやがや声のテレビ。ベランダに通じる窓のカーテンは少しだけ開いており、その裾元には今急いで取り込まれたような洗濯物たちがカゴの中で山になっていた。

 そこは片付けが必要なほど生活感の溢れた、リビングだった。

 窓の外では、赤い空に夜の黒が入り混じる。きっとここは日曜日の夕方なのだろう。がやがや声のCMが終わったテレビの画面には、国民的アニメの平和な日常が繰り広げられ始めた。

 日曜日の夕方は、何故か懐かしいような切ないような気持ちになる。感傷に浸るようにテレビを眺めていたわたしだったが、近くに人の気配があるのを感じてハッとした。知らない筈なのに、よく知った気配。私にかけられた声はあまりに自然で、耳に親しい声だった。

「あら、帰ってきてたの。なら洗濯物畳んじゃって」

 母の声だ。と、思った。
 それは“わたしの母”ではないだろう。だがリビングの隣の台所で、湯気の向こうに立つその人は紛れもなく“母”なのだと、わたしは確かに感じた。だからわたしは「えー」と不服そうな声を上げながらも、カゴの中の洗濯物を畳み始める。Tシャツ、靴下、ハンカチ。どれもこれもわたしやわたしの家族のもののようで、そうではない。全てが“概念上の家庭の付属品”に過ぎないのだ。それに気付いていながらも、わたしは洗濯物を畳み終えて、勝手が分からない筈の箪笥に迷うこと無くしまいこんだ。

 そして、台所の母に近づく。
 夕食を準備している母の背中を見ると、そわそわした。昔からそうだった。グツグツ煮立つ鍋からは味噌汁の甘じょっぱい匂い。グリルからは、ジリジリ焼かれる魚の香ばしい匂いがしている。

 わたしは台所を牛耳るその、わたしより少し背が高く、女性らしい丸みを帯びつつもしっかりした肩の、エプロン姿の女性をなんと呼ぶべきか考えた。「お母さん」と呼ぶことが一番しっくり来て、自然だと思ったが、そうではないのだ。彼女はわたしの母ではない。ならば呼ぶ名前は決まっている。

「日曜日さん」
 女性は動じた様子もなく、静かな動作でコンロの火を消した。そしてお玉を鍋の蓋に立てかけると、エプロンで手を拭いながらわたしに向き直る。サッと揺れる無造作に束ねられた髪には、銀糸がまばらに混ざっていた。顔には多少シワが刻まれているものの、その目には力強い光が宿っている。

「こっちへ来なさい。晩御飯の支度も待てないんでしょ」
 日曜日はそう言うと、台所から出てリビングの椅子に腰掛ける。一番潰れの目立っていた座布団の椅子だ。わたしは彼女に導かれるようにその前に腰掛けるやいなや、いきなり問いかけた。

「月曜日はここに居るの?」

 わたしは居なくなった月曜日を探して、火曜日から順に、こうして日曜日まで来てしまった。ここに月曜日が居ないのであれば、もうどこを探していいか分からない。また次は火曜日の世界になってしまうのか。そして六曜日を繰り返すというのか。
 しかし(というべきか、やはりというべきか)日曜日の返答はわたしを落胆させるものだった。

「ここに月曜日は居ないよ」
「そんな……。じゃあ、一体どこに居るの?」
「月曜日はもう居ない」
 そう告げた日曜日の口調は、静かで重々しい。

「可哀想に。みんなが彼を嫌って、追い出してしまったのよ。“月曜日なんか来なければいい”と。だから彼が出ていったのは、仕方のないこと」
 日曜日の“もう居ない”という言葉に故人を偲ぶようなものを感じてヒヤッとしたが、ひとまず彼がどこかには居るということを知って安堵する。
 だがホッとするわたしを、日曜日は強い口調で咎めた。

「あんたもそうでしょ。月曜日を責めたことがあるでしょ。なのに今更、どうして彼を探すの。これ以上彼を傷付けてはだめ。もう、放って置いてあげなさい」

 それは母の怒りだ。厳しさの中に、優しさと愛が溢れている。
 だがわたしはもう自立した大人である。何でもかんでも素直にハイと頷くことはできない。

「わたしは、会いたい。月曜日に居なくなって欲しいなんて、思ったことはない」
 わたしの中には、本当にそうだろうか?と思うわたしも居たが、そこは今は追求すべきではないだろう。

「わたしには月曜日が必要なの。月曜日が来なければ、わたしの一週間は始まらないから」

 そう言い切ったわたしを、日曜日は眉間にシワを寄せた厳しい顔のまま、暫く黙って見つめていた。どんな強面の鬼だって、これほど怖いと感じることは無いだろう。わたしはその視線に負けないよう、ただただ必死に向き合っていた。

 緊迫した空気は、日曜日が小さく息を吐いたことで一気に緩む。彼女は椅子から立ち上がりわたしの隣までやってくると、わたしの肩を強く叩いた。ずしんと重い、容赦のない一撃だ。けれどとても優しい、ひと押しだ。その証拠に今、日曜日はまさに母のような笑みを浮かべている。

「あんたが会いたいなら会えるよ。早く迎えに行きな」
「うん。行ってきます」
「あまり遅くならないように」
 わたしは日曜日に見送られて、玄関へ向かう。玄関には踵の潰れた靴や、薄汚れた健康サンダルが並んでいた。わたしは迷うこと無くその中から自分にピッタリの靴を選び、足をしまいこみ、わたしの家ではない“我が家”を後にした。

 日曜日が大きな声で「行ってらっしゃい」と言う。わたしはその声に、思わず涙腺が緩んだ。

 ああ。今回は今までで一番、名残惜しい別れだ。
 立ち去るのはわたしだというのに、日曜日が過ぎ去っていってしまうかのように、悲しい。

 温かな夕食の香り。優しい母。穏やかな日曜日の夕暮れ。愛おしくて切なくて、いつまでも終わって欲しくないと思う、特別な時間。

 住宅街には、汚れた服で帰宅する子どもたち。スーパーの袋をガサガサいわせて並び歩く、親子の姿。夕食前のウォーキングに勤しむ人も居る。ああ、みんながみんな、楽しい休日の最後を満喫している。時間に追い立てられるように、時間に守られるように、日曜日を謳歌している。

 ……この誰もが、月曜の訪れを疎んでいるというのだろうか。

 そんな筈はない。
 そんな筈は無いのだ。

 わたしは道標も無いその道を、明確な目的を持って歩き進めた。その時のわたしには不思議な確信があった。彼――月曜日はもう近くにいる、と。
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