【月夜のお見合い】



 自慢ではないが、わたしは婚活のプロであると自負している。二十代半ばからマッチングアプリ、街コン、婚活パーティー……あらゆる場所でたった一人の相手を探し求め、早五年。この界隈では長く経験し熟達したプロほど敗者である。だからそう、自慢ではない。

 三十代に突入してからは、結婚意欲の高い男女が集まる“結婚相談所”一本に絞って活動してきた。気になる異性に申し込みをし、申し受けが成立すれば“お見合い”。その先は仮交際、本交際、婚約……という無駄のない婚活システム。わたしは勝者になる為に最大限努力し、良しとされる作法を身に着け、毒舌仲人も太鼓判を押すお見合いマスターになった。

 まず外見。服装は女子アナのような清楚なワンピース。髪は必ずサロンで巻いて、爪はシンプルなピンクベージュのネイル。どんなに寒い冬の日でもタイツにブーツではなく、ストッキングにヒールの高いパンプスで耐えた。

 待ち合わせ時間の三十分前には現地に到着し、ラウンジやカフェの込み具合を確認。万が一並ぶようだったら、すぐに別の場所を提案できるように近くのカフェを下調べ。席の確保まですると相手の見せ場を取ってしまいかねない為、そこまではしないのがわたし流だ。その後はお手洗いで身嗜みの最終チェック、十分前には待ち合わせ場所へ。お相手を見つけたらこちらから笑顔で挨拶をする。

 飲み物はオレンジジュース。紅茶が無難ではあるが、明るいオレンジ色には顔色をよく見せてくれる効果があるのだ。会話は4:6(自分:相手)で。会計は相談所のルールで男性持ちになっているので、下手に財布は出さず素直に感謝。その代わり“可”な相手であれば、別れ際にあらかじめ用意していた手土産を渡す。相手が“不可”でも落ち込んだりはしない。家に帰ってから、手土産用のちょっと良い焼き菓子を食べる楽しみが出来るからだ。自分の機嫌を自分で取るのが上手いのだ、わたしは。

 そんなわたしが何故結婚できないのか。お見合いの勝率は今のところほぼ100%だが、何度かデートを重ねた“その先”に繋がらない。皆、最後には『自分に興味が無さそう』と言って去っていく。またはわたしが彼らの言う理由で、交際を断るかである。

 他人に興味が持てず、一人でも楽しく生きられるわたし。わたしは本当に結婚したいのだろうか?どうして結婚したかったのか分からなくなってきた。そろそろ一人で生きる覚悟を決めてもいいかもしれない。
 
(とりあえず、明日のお見合いは消化しないとなあ)


 ――金曜19時、仕事終わり。明日のお見合い用の手土産を求めて、駅ビルの洋菓子店を回る。ハロウィン商戦でどこもかしこもカボチャ味のお菓子ばかりだった。季節らしさがあっていいかもしれない、とカボチャクッキーの詰め合わせを購入する。

 帰りの電車に乗ると、わたしは携帯を取り出し、結婚相談所のサイトにアクセスした。このサイトで相手の検索、プロフィール閲覧、お見合いのスケジュール管理ができる。明日の相手のプロフィールを見返しておこうと思ったのだ。

(確か、ちょっと変わった仕事をしてる人なんだよね)
 安定を好む婚活女性には受けないだろうが、わたしはそこが良いと思った。謎は多い方がいい。自分が興味を持てるかが、わたしの婚活を左右するのだ。
 趣味は何だったっけ?とスクロールする。しかし何故か画面が反応しない。故障だろうか?居眠りを起こすようにタップを繰り返すと、突然画面の色が変わった。全体的に暗い。ブラウザのシークレットモードを開いてしまったかと思ったが、それとも違う。色が全て反転したようになっていた。
 しかし画面は反応するようになっており、そこは一安心。

(あれ?)
 プロフィールの上部に表示されているお見合いの日程。わたしはそれに目を疑った。お見合いは明日の11時からと記憶していたが……

(今夜21時!?あと1時間しかないじゃん!)
 わたしは慌てて次の駅で下り、近くの店でワンピースを買い、楽さを重視した仕事服から着替える。靴は諦めた。メイクを直し、もう一度電車に乗って待ち合わせのホテル前に向かう。

 平日の、それも夜のお見合いなんて初めてだ。お見合いは大抵ランチ前の午前11時か、ランチ後のティータイムが鉄板なのだ。当日まで気付かないなんて……相手が指定してきた時間を見間違えて承諾してしまったのだろう。夜の時間を指定してくるなんて、土日も仕事が忙しい人なのだろうか?
 
 何とか五分前に、豪奢なホテルの前に到着する。夜にも関わらずそこは多くの人で賑わっていた。真っ赤なドレスを着た艶美な女性、寄り添う老紳士。美女の生き血を啜りそうな美男子。包帯まみれの男、頭に釘を刺した……

(な、何これ。仮装パーティー?)

 それはまるで百鬼夜行だった。ハロウィンのイベントだろうか?普通の服装の自分が浮いているようで一気に不安になる。いや、それでもお見合いに仮装して来る訳には行かないし……相手だって普通にスーツ姿の筈。そう、きっと、あんな風に素敵にスーツを着こなしている人だろう……とわたしは少し離れた場所に立つ男性を見た。
 スラッと背が高く、紺ストライプのスリーピーススーツが抜群に似合っている。良く磨かれたピカピカの革靴。彼はわたしの視線に気付いたのか、颯爽とこちらに向かって歩いて来る。

 わたしはドキドキした。かつてお見合いでこんなにドキドキしたことはない。相手の顔から、目が離せなかった。

 ――だって、カボチャなのだ。

 スーツの上にあるのは、大きなカボチャ頭。ハロウィンらしく邪悪な笑みが彫られている。何だろう、この人は……どうしてわたしの方に?
 カボチャ頭は手元の携帯とわたしを見比べるようにして、確認するようにわたしの名前を口にした。どうしてわたしの名前を知っているのだろう?

「こんばんは、ウィリアムです。お会い出来るのを楽しみにしておりました。本日は宜しくお願いいたします」

 わたしはもしかして、と手元の携帯を見る。色のおかしいサイト。プロフィールに表示されているのはスーツ姿の……カボチャ頭。あれ?こんな写真だったっけ?とりあえず、挨拶を返さないのは失礼だろう。わたしは何とか笑顔を作る。

「こ、こちらこそ……よろしくお願いいたします」
 っていうかウィリアムさん?海外の人だったっけ?その頭は何?
 驚いているのはこちらだが、彼はカボチャの中でハッと息を呑む。

「あなたは……」
「え?」
「あ、いえ。お写真より綺麗な方で驚いてしまいました」
「え!えっと。ウィリアムさんも……はい」
「ウィルで良いですよ」
 
 彼の頭も、周りの人々が人間離れしているのも、全部ドッキリかもしれない。……ただの一般人である自分にドッキリを仕掛けて、誰が得するというのだ。

「席を取っておきましたので、どうぞこちらへ」
 頭はさておき、スマートなエスコートが出来る男性らしい。

 このホテルのラウンジには何度かお見合いで来たことがあるが、夜の顔を見るのは初めてだった。煌びやかなシャンデリア。各テーブルで揺れる蝋燭。何かを秘めているようなディープな夜の雰囲気だ。店員も客も皆、腹に一物抱えた顔をしている。わたしは魔の巣窟に迷い込んでしまったように落ち着かず、心臓がずっとドキドキしっぱなしだった。
 大きな窓から見える三日月を見上げて、ウィルさんが「ほう」と溜息を吐く。

「今夜の月は血を浴びた様に真っ赤ですね。胸が騒ぎます」
「は、はあ」
 今日は良い天気ですね、と同じ感じには受け取れない。

「何を飲まれますか?」
「えっと、オ、オレンジジュースで」
「ご一緒にケーキはいかがですか?あ、夕食を召し上がってしまいましたか?」
 とてもそんな気分ではないと思ったが、夕食を食べ損ねた空腹には抗えない。気を遣わせないように軽く食べて来たと嘘をつき、デザートの気分だと言って苺のショートケーキ……やっぱりカボチャのタルトを選んだ。
「カボチャがお好きですか!僕もです!」と喜ぶウィルさん。やはりこれが正解か。彼はウェイターを呼び、注文する。

「かしこまりました。ご用意の間に当店からの贈り物をどうぞ。シェフの特製フィンガーフードです」
 ウェイターが恭しく、蓋で覆われた皿をテーブルに置いた。銀色の丸蓋が取り払われた瞬間、わたしはギョッとして飛びのく。立ち上がった衝撃で椅子がガタンと倒れた。

 皿の上に並んでいるのはまさしくフィンガー。丸々とした人間の指である。皮膚の下にうっすら見える血管も、黄ばんだ爪も、紛れもない指だ。ウェイターが倒れた椅子を直す。ウィルさんが「大丈夫ですか?」と重そうな首を傾げた。

「ゆ、指!」
「美味しいですよ」
 ウィルさんは指をつまみ上げると、口の穴へそれを突っ込む。わたしは吐き気がこみ上げその場に蹲った。店内がざわつく。ウィルさんが慌てたようにわたしの元に駆け寄ってきて、耳元で囁いた。

「あまり目立つことをしてはいけません。あなたの正体がバレては大変だ」
(……何の話?)
 優しい声に、もしかしたらわたしの見間違いだったのかもしれないと縋るように彼を見上げる。しかし無情にも、彼はわたしの鼻先に“指”を突き出していた。近くで見ればそれには指紋まである。やっぱり人間の指なんだ、ここは食人レストランなんだ!恐怖でパニックになるわたしの口に、ウィルさんが無理矢理それをねじ込んで来た。必死に吐き出そうとするわたしの口を彼は凄い力で抑え込み「美味しいですから」と言い聞かせるように言う。

 美味しい訳ない!と思っていても、意志とは無関係に舌が味を感じてしまう。……あれ?わたしは恐る恐る歯も立ててみた。カリッ、サクッ、ジュワ。ドロリ。
 それは香ばしく焼かれたパンだった。中から甘酸っぱいベリージャムが溢れ出る。

「お、美味しい」
 喉を通り、わたしの中に落ちていく甘美。空腹が少し満たされると共に、わたしの心は一気に落ち着き、ドキドキが収まる。奇々怪々なラウンジ、隣の客のグラスに浮かぶ目玉、何も気にならなくなった。

 わたしの反応に、ウィルさんはホッと息を吐く。ウェイターや他の客の視線が剥がれていく。わたしは一人取り乱した事が恥ずかしく、何度も謝罪した。カボチャ頭は笑っているようにしか見えないが、その奥もそうであると願うばかりだ。

 そして無事、お見合い再開。お互いに話のとっかかりを探り始める。

「ウィルさんのスーツ、本当に格好良いですね」
「有難うございます。張り切ってオーダーメイドしてしまいました」
「ファッションにこだわりがあるんですね!素敵」
「いえいえ。休日はラフな格好ばかりですよ」
「……お帽子とかは被られるんですか?」
「帽子?いえ、被り物はあんまりしないですね」
 
 ツッコミ待ちだろうか?

「あなたは、休日は何をして過ごされるんですか?」
「最近涼しくなったので、散歩にハマっています。一二時間くらい知らない道を冒険して、初めてのカフェに入ってみたり」
「いいですね!僕も散歩は好きですよ。最近は仕事が忙しく、中々出来ていないのですが」
 仕事……何だったっけ?どうしても思い出せない。プロフィールに書いてある事を質問するのは失礼極まりない為「お忙しいんですね」とオウム返しをする。

「ええ、十月は繁忙期なんです。でも今日は来て良かった」
 甘い台詞に、先程までの歪なドキドキはなかった。ただ素直に嬉しく顔が緩む。

「実は、今夜もまだ仕事が残っているんです」
「え!本当に大変なんですね」
「はい。でも楽しいですよ。僕の仕事は半ば趣味みたいなもので」
「ウィルさんのご趣味は何ですか?」
「人を怖が……驚かせ……楽しませることですね!」
「……サプライズってことですか?」
「まあ、はい。あなたはサプライズはお好きですか?」
「うーん。相手が幸せになれるようなサプライズは良いと思います。誕生日を忘れたフリとか、わざと相手を怒らせるものは、苦手かもです」
「成程」
「あとフラッシュモブみたいなのも、ちょっと恥ずかしいですね」
「成程成程。人魂とか地面から手とかはどうですか?」
「……ホラーですか?ホラー映画は結構好きですよ」
「それは良かった!」
 彼は安心したように、タルトをパクパク食べ進める。指パンの時も思ったが、彼の食べ方は下品とは思わないが無邪気だった。

「このタルトは本当に美味しいですね!どんどんお腹が減ってくる。実は僕、結構大ぐらいなんですよ」
「へえ!全然そうは見えないです」
「鍋一杯にカレーを作って、ご飯三号くらい食べちゃう時もあります」
「すごい!あ、お料理されるんですね」
「はい。簡単なものですが、カレーやオムライス、ハンバーグが得意です」

 か、可愛い。

「あなたはお料理はされますか?」
「多少は。和食が主ですが、肉じゃがとか生姜焼きとか」
「美味しそうですね!和と洋で僕たち、バランスが良いですね。あ、気が早くてすみません」
 オレンジ色のカボチャが少しだけ赤みを増したように見えるが、多分気の所為だろう。

「僕、料理が上手く出来たなって時、誰かに食べて貰えたらって思うんですよね。僕のすることで大切な人を喜ばせたい。その人の笑顔が僕の幸せになる。そういう関係に憧れて、相談所に入ったんです」
 照れくさそうに語るウィルさんに、わたしの心がじわりと温かくなる。ドキドキよりも優しく穏やかに、心臓が彼に呼応している。

「……わたしもそうです。心から大切に想える人が居たら、毎日が宝物みたいに感じられると思うから」
 わたしは自分の口からスルスル出てきた言葉に驚いた。そうか……わたしは結婚したいのではなく、結婚したくなるほど大切に想える、たった一人と出会いたいだけなんだ。

 ウィルさんが「いいですね」としみじみ、呟いた。

 その時、少し離れたテーブルからガシャンと大きな音が鳴り響く。驚いてそちらを見ると、グラスや皿が床の上で割れていた。周囲の客の悲鳴。男性がテーブルの上に乗り上げ、獣のように遠吠えをしていた。彼の前では連れの女性が「あなた、落ち着いて!」と宥めようとしているが、男性の……頭の上から生えた大きな耳には届いていないようだ。

「お客様、どうされましたか!」
「夫が……今夜は三日月だから大丈夫だと思っていたのに。出されたプリンがあまりにまん丸で、満月と見間違えてしまったようなの!」
 ウェイターと女性の会話の内容はよく分からない。呆然としていると、犬のような姿に変わった男性と目が合う。背筋が凍った。犬男はわたしのにおいを嗅ぐように鼻をひく付かせると、グルルと唸りを上げ、テーブルを蹴り一直線にこちらに駆けてくる。鋭い爪が、牙が、わたしに向かってくる――!

 思わず目を閉じるが、一向に痛みは訪れなかった。体に感じる温もりに、恐る恐る目を開けると、紺色のストライプが視界一杯に広がっている。

「お怪我はありませんか?」
 わたしはウィルさんに片腕で抱きしめられていた。彼のもう片方の腕は犬男のギザギザの歯に椅子の足を噛ませている。
 バキッ、と椅子の足が折れた。ウィルさんはジャケットを脱ぎ捨て犬男の顔に被せると、犬男が狼狽えている間にわたしを横抱きにしてスタスタ、壁際のソファにふわりと下ろす。
 シャツとベスト姿になった彼。着痩せするタイプなのだろうか。急に逞しく見えて来た。おまけに輝いている。

「ウ、ウィルさん」
「少々お待ちくださいね。君、警備員を」
「は、はい!」
 ウィルさんはウェイターに指示した後、少しも恐れる様子なく犬男の元に戻っていく。ジャケットを振り払った犬男は激高したように、ウィルさんに飛びかかっていった。犬男の大きな口を身をかがめて躱し、その胸倉を掴むウィルさん。彼はそのまま見事に一本背負投を決め、犬男はバタンキュー。

 その後、犬男は警備員によって拘束され、店の奥に連れて行かれた。果敢なウィルさんに拍手が送られる。何故かわたしが誇らしかった。ウィルさんはわたしの元に戻って来て手を差し伸べ「そろそろ行きましょうか」と言う。壁掛け時計を見ると22時。お見合いには“初回は一時間”というマナーがあるが、それをこんなに短いと感じたのは初めてだ。
 
 会計をスマートに済ませる彼。わたし達は並んでラウンジを出る。

「今日は大変な目に遭いましたね」
「はい……でも、素敵な夜でした」
「そうですね。僕も同じ気持ちです」

 わたしの心臓がトクンと鳴る。最初は得体の知れないカボチャ男にドキドキしているだけかと思ったが、もうそれだけではない。ただ彼をもっと知りたい。このときめきの理由を確かめたい。

「あ、あの!わたしはまた、ウィルさんにお会い出来たらいいなって思ってます」
 決死の告白、のつもりだ。ウィルさんは黙っている。カボチャ頭の表情は変わらないが、彼の戸惑いや困惑が全身から感じられた。わたしは彼のお眼鏡に適わなかったのだろう……俯くわたしに、ウィルさんが慌てたように言った。

「あ、も、勿論僕もですよ!あなたさえよければ、今度おすすめの散歩コースにご案内します」
 それが本心か泣き落としの結果かは分からないが、また会えるなら本心にしていけばいい。今度こそ、婚活のプロの手腕を見せなければ!

「あ、一つ大切なことを訊き忘れていました」
 ウィルさんが思い出したように呟く。

「え?何ですか?」
「トリック・オア・トリート」

「……ふふっ。あはは!はい、どうぞ。ちょっとしたものですが」
 わたしは先程買ったばかりのクッキーを差し出す。

「おや、有難うございます。用意して下さっていたんですね!嬉しいです」
 “悪戯が出来なくて残念ですが”とカボチャの中から小さく聞こえてきた。彼の悪戯って何だろう。やっぱり渡さなければ良かったかな。

「では、おやすみなさい。素敵な夢を」
「ふふ。ウィルさんもいい夢を」
「はい。月の綺麗な晩に、またお会いしましょう。お迎えにあがります」


 こうして、夢のようなお見合いが終わる。


 帰宅後、携帯でサイトを見るともういつも通りに戻っていた。何故かウィルさんのプロフィールは見つからず、見覚えのあるプロフィールの男性と明日の11時からお見合いが入っている。

 ――月夜の不思議な出会い。きっとこれで終わりじゃない。彼は迎えに来てくれると言ったのだから信じて待とう。

(明日のお見合いは完全に消化試合だなあ)



 *



 彼女を見送った後、ウィルはラウンジに戻り、警備員に暴れた狼男の話を聞いていた。プリンを満月と見間違え狼化してしまった彼は幸い大きな怪我もなく、今は落ち着いているらしい。安心してホテルを出る。

(それにしても今日は驚いたな。まさかお見合いに人間の女性が来るとは思わなかった)

 ハロウィンの時期は、二つの世界の境界が曖昧になる。こちらとあちらの結婚相談所のサイトが、何かの拍子に繋がってしまったのだろう。

 待ち合わせ場所で彼女を見た時は驚いたが、人間への興味からついそのままお見合いをしてしまった。彼女も最初は戸惑っていたようだが、こちら世界の食べ物を口にしてからは馴染んだようで、時間が経つのも忘れる位色々な話をした。

 ……美味しそうな魂なら奪ってしまおうかと思ったが、コロコロと表情の変わる彼女に奪われてしまったのは自分の方らしい。寄せられる好意のあまりの眩しさに、危うく蒸発する所だった。

 ウィルは「ふう」と息を吐き、仕事モードに切り替え、境界をくぐり人間界に侵入する。

 今宵も彷徨える憐れな魂に、恐ろしい夜を届ける為に。ついでに、人間界のデートコースをリサーチする為に。

 ホテルを離れ街に向かうところで――ウィルは誰かに声を掛けられた。それは身の毛のよだつ、ぞっとする声だ。

「こんな所で悪霊が何をしている?」
「おや、珍しいですね。エクソシストさんこそ、こんな所で何を?」
「俺は明日のお見合いの下見に来ただけだ……ってお前に話すことでもないな」

 男は鞄の中から十字架を取り出し、ウィルに向けて構える。

「なんと、お見合い仲間でしたか。僕、ようやく素敵な人に出会えたので、ここで祓われる訳にはいかないんですよね」
「何を訳の分からないことを」


 ――不気味な三日月の夜、二人の男が対峙する。
 祓われる者、祓う者。そして後に、一人の女性を巡って争うことになる二人である。
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