【鏡の国のマリー】(02)

 マリーはSと洒落たカフェバーで夕食を共にした後、駅に向かう夜道を歩いていた。
 Sは明らかに元気のないマリーに理由を追及することなく、適度に爽やかで適度に羽目を外した面白い話をしてくれている。声、口調、言葉選び。全てに少しも嫌なところが見当たらない。酸味も苦味も無いコーヒーのようで、7月の暑い夜にはちょうどよい軽やかさだった。だがサッパリしすぎていて、よく分からない。

 マリーはこの男のことが好きだ。しかしどこが好きなのかと自問すると、途端に根本から揺らいでしまう。本当に自分はこの男が好きなのだろうか?何故?

 隣に立つ男は平均より背が高く、嫌味にならない程度に品良く、清潔感があり、スレンダーだが筋肉質で引き締まっている。肌には目立ったトラブルがなく、髪はちゃんとしている。目は左右均等で、鼻と口は一つずつ。文句の付け所がない真っ当な好青年ならぬ好壮年のテンプレートだ。だから好きなのかもしれないが、だから分からないのだ。どうして彼が、自分の中の特別になり得るのか。

 引く手数多だろう彼に対して、なんて烏滸がましいことを考えているのだろう。マリーはこっそり申し訳ない気持ちになったが、それでも心がどんどん冷めていくのは止められない。だから彼に少し強い口調で呼ばれた時、全て見透かされたような気持ちになり、思わず全身を強張らせた。

「マリーちゃん、大丈夫かい?心ここにあらずだけど」
「えっと、はい、ごめんなさい」
 Sはその謝罪を、話を聞いていなかったことに対するものだと思ったのか、少しふざけた調子で「こら」とマリーを小突いた。マリーは乾いた笑いでそれを受け止め……ふと、彼の背後に立つカーブミラーと目を合わせてしまう。

 鏡の中の暗い夜道。自分とSのすぐ後ろに居る、“血濡れの女”。言葉にするとB級ホラーのチープさがあるが、実際目にすると洒落にならない。その女は先程のトイレで見かけた姿と同じ、藁のような髪を垂らして、黒い二つの穴でぽっかりと、鏡越しにマリーを睨んでいる。丈の短い服からはスカスカの枯れ枝が二本、生えていた。

 マリーは振り返るのも恐ろしく、バッグを胸元で抱きしめて走り出した。突然走り出したマリーにSが驚き何か言っているが、今のマリーには彼の声など届かない。ただ、一刻も早く逃げなくてはいけないと思った。こんな風に立て続けに恐ろしい幻覚を見るなんて、おかしい。本能が、追われる者の危機を察知していた。

 夜の街を走り、走り、ひたすら走る。人々はマリーの方を見向きもせず、変わらない日常の景色は予定調和に動くビデオのようだった。色とりどりの街明かり。店々の看板はデザインに統一性がなく、それが逆にひとつのジャンルとしてまとまっているように見える。車の窓から漏れ出る音楽は、昔流行っていたアイドルの曲だ。

(わたしは、どこに向かっているのだろう)
 会社でも外でも走り続け、今日はずっと一人で鬼ごっこをしている。罪悪感という名の鬼が自分の中に居る以上、どこに逃げても決着はつかないというのに、まだ走り続けるのか。

 走っていると突然街の景色が途切れ、赤い鳥居が見えた。鳥居の先には石の階段。長く続いたその先に神社があるのだろう。こんなところに神社などあっただろうか?夜の神社などそれこそ肝試しに相応しい不気味な印象があったが、もっと具体的な恐怖像に追われていると、神聖さだけが際立って救いに感じる。マリーは助けを求めるように鳥居をくぐった。

 鳥居をくぐると、心が僅かばかり軽くなるようだった。単なる思い込みかもしれないが、幻覚も思い込みなのだからそれで充分である。マリーは縋るような思いで石段を上った。後ろから何かが追いかけてきているような焦燥感で、早足に一段、一段、やがて一段飛ばしで駆け上がる。大人になってから一段飛ばしをするとは思わなかった。

 階段を上がり切った先には“いかにも”という、どこにでもありそうな神社。だからだろうか、実家の近くにあったものに似ている気がする、とマリーは思った。

 曖昧な記憶の中のその神社には、ハッキリと浮かび上がる老女の姿がある。それはマリーがまだ小学生の頃に他界した、彼女の祖母だった。マリーの祖母は病気がちだったが、少しでも調子がいい日は必ず近所の神社に参拝に行き、いつも沢山のお供え物をしていた。お饅頭、お団子、あんこ餅。お供え物は甘いものばかりで、幼いマリーは何度か手を出しては「これは神様のものなのよ」と叱られた。神様ばかりずるい、と拗ねていた幼稚な自分を思い出す。

 マリーは懐かしい祖母との思い出に、また少しだけ心が軽くなった。気持ちもちょっとだけ前向きになる。ここに何かしら人間以外の存在がいたとしても、それは自分の味方であるように思えたのだ。

 マリーは石の道を歩き、拝殿の方に進んでいく。自分に起きている現象の専門家は心理カウンセラーだと思っていたが、実は神職者であるかもしれない。こんな夜更けには誰もいないかもしれないが、とりあえず神頼みだけでもしておこう……と考えた。

 趣を感じる渋い木造の拝殿。太い注連縄。垂れ下がるガラガラの鈴。その下にある賽銭箱の奥から突然にゅっと腕が生えたのを見て、マリーは心臓を縮み上がらせた。血塗れ女よりはマシかもしれないが、腕の生えた賽銭箱も嫌だ!

 しかしすぐに、それが恐ろしい化物ではないと知る。腕だけでなく体も生えたのだ。どうやらその人物は賽銭箱の向こうでゴロンと横になり昼寝……ならぬ夜寝でもしていたのか、肩をゴキゴキ鳴らしながら眠そうな顔で起き上がった。

 寝癖のついた色素の薄い髪に、寝惚けた重そうな瞼。三白眼気味の目は、月明りに照らされて青味がかった白目が印象的だった。平坦であっさりした顔立ちの中心で、長く高い鼻が際立っている。華奢とは違う、未発達な細さを感じる体格の少年だった。白い半袖シャツと黒いズボンは学校の制服に見える。中学生くらいだろうか?

 少年はマリーの存在にずっと前から気付いていたように、一切動じることなく話し始めた。

「あんた、大分つかれてるな」
「……まあ、疲れてはいるけど」
「違う違う、そうじゃない」

 少年は賽銭箱をひょいと飛び越えると、マリーの直ぐ近くにやってきた。そして彼女の肩に手を置き、埃を払うような仕草をする。警戒心を抱く間もなかったマリーは呆然とそれを受け入れ、一体何をしているのかと首だけ回してそこを見る。そして見えてしまったものに目を剥いた。少年の手には黒く長い毛のようなものが巻きついていたのだ。少年が忌々しそうな顔でフッと息を吹きかけると、それは夜闇に溶けるように消えていった。瞬間、マリーの体は鳥居をくぐった時の何倍も軽くなる。

 彼の手には、もう何もない。マリーはその手を食い入るように見つめた。少年の手とはいえマリーの手よりも大きく、ごつごつ硬そうで指の節が太い、男の手である。「今のは一体何なの?」と、マリーは絞り出すように尋ねた。

「あんたに憑いていたものだ。デカい元凶を何とかしないと、何をしても無駄だろうが」
 マリーはようやく察した。“つかれてるな”は“憑かれてるな”だったのだと。つまりアレもコレも自分の幻覚ではなく、全て実在する現実だったのだ。マリーは恐ろしい事実が判明してしまったことに愕然とする。が、僅かにすっきりした気持ちもあった。自分が正常だと分かったことで自信も湧いてくる。

「君はお祓いができるの?この神社の人?」
「あー……まあ、そう。で、どうすんの」
「どうするって?」
「困ってそうに見えるけど。助けてほしい?」
「……神主さんを呼んでもらえるかな?」
 何となく、この偉そうな少年に素直に助けを請うのは癪に思えた。それにお祓いを依頼するなら、ちゃんと本業の神主にすべきだろう。しかしマリーの言葉は軽い調子で跳ねのけられた。

「いや無理。あの人は今それどころじゃないんだよ。……俺の弟が病気で入院しててさ、近々手術なんだ。それで家の者は全員付きっきりってわけ」
 少年はまるで他人事のようにそっけなく話していたが、マリーにはその目がどこか寂しげなものに見えた。“捨てられた子犬”という陳腐な表現が想起される。だがそれにしては健気さや愛らしさが足りない。潤んだ瞳で主人を待つ子犬というより、数日餌を抜かれた空腹の金魚のようだ。そしてそれは当たらずも遠からずなのか、少年の腹がぐう、と間抜けな音を発する。二人は何とも言えない顔でしばらく無言で見つめ合った。

「なんだよ、何か言いたげだな」
「とりあえず、お姉さんが何か奢ってあげるよ。さっきのお礼もしたいし」
「あんたが一人になりたくないだけじゃないか?」
 少年はぐさりと真意を突くが、意外と素直に誘いに乗ってきた。マリーは誘った身でありながら少し苦い顔をする。未成年を深夜にナンパしたという事実だけ見れば、自分は危ない悪い大人なのだった。

 道すがら二人は簡単に自己紹介をし合う。少年の名は文月真(フヅキ マコト)というらしい。何の因果か、七不思議に挑戦した時のマリーと同い年の中学三年生だった。マコトは既に声変わりを終えたようで、中性的な見た目から想像するよりも低く落ち着いた声をしていた。マリーは、自分の名前をついマリーだと名乗ってしまったが、何故あだ名の方を教えてしまったのかは分からない。日本人離れした名前の筈だが、マコトに特に気にした様子はなかった。

 夜更けの街で食事をできるところは限られている。居酒屋に中学生のマコトを連れて入るのは流石に気が引けて、マリーは男子中学生にも馴染み深いだろうファストフード店を選んだ。態度の大きな彼には、安っぽいと文句を言われるかもしれないと思ったが、マコトは意外にも嬉しそうに目を輝かせている。ハンバーガーが好きなのだろうか?マリーがわざとらしく微笑ましそうに彼を見ると、マコトは誤魔化すように咳ばらいをして「弟が好きなんだ。最近は病院食ばかりで、食べられないと嘆いていたな」と言った。

 自動ドアが開く。店内は時間帯を見失うような明るさだったが、人気が少なくどこかよれた深夜の雰囲気を醸し出していた。まばらな客は皆どこか疲労を滲ませ、しなびたポテトのような表情を浮かべている。店内に充満した揚げ物油のこってりした匂いは、マリーに食欲を思い出させた。先程のSとの夕食ではとても食事をする気分ではなく、軽くつまむ程度で胸がいっぱいだったが、今になってようやく体が本来の空腹を思い出したようである。

 マリーは派手な色合いのメニューを眺めながら、真剣に吟味した。何にしよう……アップルパイと、ソフトクリームと……。
 あちこちに目移りさせながら品物を選ぶマリーの後ろで、マコトはどこかぼうっとした表情でディスプレイのメニューを見上げていた。

「マコトくんは何にする?」
「俺は……肉と、米と、餡子」
 彼の回答に、マリーは独特な冗談だな、と笑った。が、マコトは至って真面目な顔でマリーの反応に首を傾げている。まさか初めて来たなんてことはないだろうな、とマリーは思った。

「えっと、お米と餡子はないかな。とりあえず……てりやきバーガーとナゲットとポテトLサイズにしておくね。飲み物はお茶でいい?」
 マコトはこくこくと頷いた。マリーは店員がレジに注文を打ち込んでいるのを見ながら、頼み過ぎたかもしれない、と少し不安に思った。どうだろう、男子中学生ならこれくらいペロリと平らげてくれるだろうか。どうしても相対的に自分の食事量を少なく見せたい、隙あらばシェアしたい、乙女の策略である。

 支払いを済ませて、二人は一階よりも人の少ない二階の角席に座った。マリーがテーブルの上で固まっているソースの汚れをペーパーナプキンで擦り取っていると、難しい顔の店員が注文の品を運んでくる。その顔は、テーブルが汚れていて申し訳ないという顔なのか、二階まで上がらされたことに対する文句の顔なのか、深夜に男子中学生を連れ回す女に不信を抱いている顔なのか。マリーは何も気付かないフリをして「ありがとうございます」と店員を追い返した。

 トレーの上には、アイスティーとホットコーヒー。バーガーとポテトとナゲット。それからアップルパイ、スタンドに刺さったコーンのソフトクリーム。カラフルなパッケージで賑わっている様子を見ていると、一気に活力が戻ってきたような気がした。マリーは待ちきれない、と早速ソフトクリームに手を伸ばそうとしたが、マコトが丁寧に手を合わせて「いだたきます」と言ったので、静止する。その所作は美しく、粗暴な言動の彼にしては意外だった。きっと箸の持ち方も綺麗に違いない。マリーはマナーのなっていない自分を恥ずかしく思いながら、親を真似る子供のように、彼に倣って「いただきます」と言った。

 しかし彼は中々食べ始めない。マコトはラッピングで包まれたハンバーガーを持ち上げ、興味深げに四方八方から眺めているばかりである。まさか食べたことが無いわけでもあるまい、と思いはしたが、マリーは一応食べ方を教えてあげることにした。「この包みをこうして、手持ちにすると食べやすいよ」と説明しながら、ラッピングを剥がして彼の手に持ち直させる。なんだか弟ができたような気分になった。

 マコトは目の前にハンバーガーが姿を現しても、暫くはじっと見つめて、どこから食べようか考えているようだった。円形のハンバーガーはどこから食べても同じだろうに、とマリーは不思議そうに彼を観察する。マコトはようやく意を決したように、大きな口で綺麗に齧りついた。そして驚いたように目を見開き、幸せそうな顔で一口目を堪能し終えると「美味い!」と言った。マリーは大げさだな、と笑う。

 大口を開けて頬張っているのに、彼が食べている姿はどこか上品だった。頭ごとハンバーガーに寄せて齧り取る姿は野性味を感じるが、まさに野生動物の咀嚼のように、生き物として美しく思える。「これは食べたことがある」と言ってポテトを数本一気に放り込む姿も、様になっていた。マリーはつい見入ってしまい、手元のソフトクリームが垂れてきてようやくハッと我に返る。慌てて手の甲を舐める自分には美の欠片も無いに違いない。

 マコトはそんなマリーを呆れたような目で見ながら、アイスティーで口を濯ぐ。

「あんたの注文したものは、甘そうなものばっかりだな」
「ちゃんとコーヒーも頼んだよ!」
 暗に“子供っぽい”と揶揄われたような気がして、マリーはついそう言い返してしまった。が、ブラックコーヒーは思ったより苦く飲みきれる気がしないというのは内緒だ。コーヒーの紙コップに真っ赤な口紅がべっとりついて、一瞬それが何なのか分からず血かと驚いたのも秘密にしておこう。……大人ぶらなくても大人だというのに、自分は何をしているのだろう?マリーはとりあえず大人の証として、未開封のスティックシュガーをこれみよがしにトレーの真ん中に置いておく。マコトはそれを不思議そうに見た。

「その白い棒みたいなのは何だ?」
「え?お砂糖だよ」
「砂糖!使わないならもらっていいか?」
「何に使うの?」
「こうするのさ」
 そう言って、マコトはフライドポテトに砂糖を振りかける。マリーは驚いて「もったいない!」と眉を寄せた。ポテトが台無しになってしまったと思ったのだ。だがマコトは一仕事終えたような顔で、その砂糖がけのフライドポテトをつまみ上げ口に放り込む。そして満足そうに「やっぱ“甘い”は“美味い”だな」と言った。マリーは疑わしそうな目で彼と、キラキラ輝くポテトを交互に見る。マコトは次々にポテトを口に入れ、ひとしきり食べ進めると満足したのか、砂糖をくれと言った時と同じ軽い口調で切り出した。

「で、そろそろ本題だが。俺ならあんたの問題を解決できる。さあ、どうする?」
「それは……マコトくんがお祓いをしてくれるってこと?」
「まあそんなところだ。でもそのためには、色々と話してもらわなきゃならない。あんたは自分に憑いているものに、心当たりがあるんだろ?」
「どうしてそう思うの?」
「そういう顔をしてるからさ」
 マコトが気だるげな目でじっとマリーを見る。彼の半分下りた瞼は寝起きでなくても、いつでも寝起きの様だった。だがその黒目は鋭く、全てを見透かしているように見える。マリーが口を開きかけるも答えに詰まっていると、その口にマコトが悪戯するようにポテトを差し込んだ。マリーは甘じょっぱいその味に……悪くない、と思った。寧ろ美味しい。マリーの反応に気を良くしたのか、マコトが得意そうに笑う。そんな彼の様子にマリーは凝り固まっていた何かがほぐれるのを感じた。彼になら話してもいいかもしれない。

「話すと長くなるんだけどね」
「できるだけ短くまとめてくれ。俺が眠くならないように、分かりやすく楽しくよろしく」
「……楽しくは、無理かな」
 マリーはコーヒーを一口飲み、苦さで表情をごまかした。
 そして話し始める。自分が彼と同じ中学生の頃に行ってしまったことを。その時に失ってしまった大切な友人のことを。それ以降、鏡を見ると恐ろしい姿が現れるようになったのだということを。マコトはトレーの上をひょいひょい片付けながら、目だけはマリーから離さず話を聞いていた。

 マリーは一通り話し終えると、これが肩から荷がおりるという感覚か、と思った。問題は何も解決していないというのに、半分は解決したような気持ちになる。だがその半分は消えてしまったわけではなく、目の前の少年が持つのを手伝ってくれているだけなのだ。話を聞き終えたマコトは静かに「そうか」と呟いた。

「あんたは、自分に憑いているものが何だか分かってるのか?」
 マリーは、その問いを恐れていた。だがあれが幻覚ではない以上、もうちゃんと向き合うしかないのだと覚悟を決める。鏡の向こうに映っていた女は、やはり、どうしても“彼女”のように見えた。見覚えのある背格好。丈の短いスカート。絡まり合っている茶色い髪はパーマ髪にも見える。認めてしまいたくはないが、あれはあの日鏡の中に消えていった友人に違いないのだ。

「わたしは……わたしには、友達がわたしを連れて行こうとしているようにしか見えない。見殺しにしたわたしのことを、恨んでいるのかも」
「見殺しにしたのか?」
「その瞬間のことは、あまり良く覚えていないの……ただ助けられなかったのは事実だから」
 マコトは表情の掴めない顔で「ふーん」と相槌を打った。マリーは懺悔をしているような気持ちで俯く。

「まあ、とりあえずあんたの中学校に行ってみようぜ」
「え、嘘、嫌だよ怖い!」
「もう充分、怖い思いをしてるだろ?」
 マコトはこの問題を解決するためには、全ての始まりである中学校に行く必要があると言った。マリーは自分のトラウマ発祥の地になど二度と行きたくなかったが、解決しなければその分、恐怖に怯え続けなければならないのである。とてつもなく嫌だが、腹を括るしかないだろう……そのためには腹ごしらえだ。

 マコトの前に置かれたナゲットを一つ取り、ソースをたっぷり付けて口に入れると、ジャンクフードの罪悪感の味が沁み渡った。もしかしてマコトは甘党なのではないか?と、まだ口を付けていないアップルパイを差し出すと、彼は甘い香りにあからさまに、にやけた。
inserted by FC2 system