【秘密発見部〜再会と忘却の魔女〜】



『ねえ、次はどんな不思議を探しに行く?』

 好奇心の塊のような彼女、知識(しおり)はいつもそう言って、わたしをあちこちへ連れ回した。心霊スポットガイドブック、都市伝説百選、水晶にダウジングロッド。胡散臭いアイテムを右手に、左手はわたしの手を掴み、不思議の気配に呼ばれるようにどこへでも駆けていった。

 二人だけの“不思議発見部”。

 わたしは無鉄砲な彼女に何やかんや言いつつも、その冒険の日々を楽しく思っていた。高校の三年間は彼女のお陰で充実していたと思う。しかしわたし達は結局、地底人も宇宙人も幽霊さえ見つけることなく、不思議発見部の活動は卒業と共に終わりを告げた。わたしはもっと二人で遊んでいたかったが、知識は広い世界を見に行きたいと言い、リュック一つで海外へ出て行ってしまったのだ。わたしに彼女に付いて行く勇気はなかった。(誘われてもいないけど)

 ――それから十年。知識からは連絡の一つもなく、わたしは彼女を美しい思い出としてしまいこみ、不思議とは縁遠い平々凡々な自分の人生を歩んでいた。しかし実家から送られてきた一通の手紙がわたしを高校時代に引き戻す。それはこの十年、どこかで期待し続けていた知識からの手紙だった。

 “近い内に日本に帰るから、会いましょう”

 ソワソワ、ドキドキ。それは忘れていた感覚。あの頃はいつも抱いていた、何か不思議で素敵なことが起こる予感。わたしは手紙に書かれていたメールアドレスに連絡を取り、知識と一ヶ月後に地元で会う約束をした。


「久しぶりね、ハテナ!」
 真夜中の駅構内。まるで朝の学生のように元気一杯、一人の女が声を掛けて来た。わたしはすぐに知識だと気付く。……わたしの名前、果奈(かな)をハテナと呼ぶのは知識くらいだ。自分だってチシキのくせに。

 肩に流れる天然パーマの髪は明るい色に染められているが……黒目がちな瞳は昔と変わらず、子供のように爛々と輝いていた。見覚えのある服は、当時お揃いで買ったシャツワンピース。丸襟が少し子供っぽいが、今の彼女が着てもよく合っている。本当に二十八歳なのだろうか?過去から来た高校生の知識と言われても信じるしかない。

「久しぶり。髪色似合ってるね。そのワンピースまだ着てるの?」
「ありがと。これは実家にあった服を適当に着て来たのよ。まだ日本に荷物が届いてなくて」
 わたしは旅先の事や、いつまで日本に居るのかを聞きたかったが、知識は雑談もそこそこに「じゃあ、行きましょうか」と言ってわたしの手を掴む。まるで昨日ぶりにあった友人のようだ。

「どこに?」
「不思議を探しに、よ」
 中断していた放課後を再開するように、知識は当然の顔で言う。わたしはやれやれと肩を竦めつつ彼女に付いて行った。



 *



 終電に乗り、辿り着いた終点駅“星見台”。
 建設時代不明の謎多き遺跡と、幽霊トンネルと呼ばれる心霊スポットが有名だ。あとコロッケ蕎麦が美味しい。高校時代によく訪れた思い出深い場所である。

 わたし達は人気のない駅を出て暗い田舎道を歩いた。ポツポツと立つ頼りない電灯より、月明かりの方が眩しい。道横の田畑は昔は色々な野菜が実っていたように思うが、今は背の低い雑草でびっしりである。

「こんな夜中に思い出巡りツアーでもする気?」
「まさか。不思議発見部が探すのは過去の思い出じゃなくて、未知の不思議でしょう?」
「散々探検したここに、まだ不思議が残ってるって?」
「ええ。見て、これ」
 そう言って知識はスマートフォンの画面をこちらに向けた。わたしは眩しさに目を細めながら、行間の詰まった文字を読む。

 “星見遺跡、丑三つ時の謎!”……胡散臭いオカルト記事のようだ。深夜二時頃、遺跡の奥の閉ざされた扉が異世界に通じるという、手垢まみれの内容。
 半目で画面をスクロールするわたしの横で、知識が栄養補助食品のクッキーバーを齧る。チョコレートの甘い香りがした。

「こんな時間に、肥えるよ」
「えっ!栄養食品って体にいいんでしょう?太るの?」
「栄養を補うものだから……過剰になればそりゃね……カロリー見てみなよ」
 わたしの言葉に知識は裏面表記を見て、ピンと来ていない顔をした。気にしたことなどないのだろう。しかしわたしの言葉は気になるのか、それを半分に折って片方をわたしの口に差し込む。「むぐっ」「これでカロリーハーフね!」何てやつだ。

 空白の十年を感じさせない彼女。会うまで緊張していたのが嘘のようである。今まで連絡を寄こさなかったことを恨む気持ちもあったが、楽しさに薄れていった。

 立ち入り禁止の門とは真逆の方向、手入れされていない林の中に、遺跡に通じる二人だけの秘密の抜け道がある。葉っぱやクモの巣を引っかけて辿り着いた遺跡は、もうこれ以上古くなりようがないといった様子で、あの頃のまま時が止まっていた。

 苔生した石造りの柱が連なるそこは、南米の古代遺跡のようで、RPGに出て来そうな雰囲気が好きだった。警戒心と恐怖心が麻痺している知識は、ズカズカ奥に進んでいく。人並みに臆病なわたしも、知識と一緒だと何故か怖くなかった。

「ここね」
 知識が立ち止まる。ああ、確かにこんな所もあったな。不愛想な石壁と一体化した、重そうな石扉。

「これが異世界への扉?どうやって開けるの?」
「魔法の言葉が必要らしいわ」
「それは?」
「それをこれから考えるのよ」
「マジか」
 時刻は既に午前二時。丑三つ時とは二時半までの事だった筈だ。そんな短い間にどうやって一つの言葉を探し出す気なのか。何か考えがあるのかと思ったが、知識は虱潰しといった様子で「開けゴマ!」「アブラカタブラ!」と知っている限りの呪文を唱えている。

「あはは……いい大人が何してるんだか」
 わたしは非日常の空間を楽しみながら、心のどこかで冷めた自分が居ることに気付いていた。きっと何も起こらないと知っているのだ。いくらあの頃のような気持ちに戻っても、不思議を心から信じられるほど子供ではない。つまらない成長をしてしまったな、と思う。まだ夢の続きに居る知識が羨ましかった。

「ねえ、ハテナも何か試しに言ってみて。魔法っぽい言葉」
「ええ?」
「お願い!……どうしても、今夜は不思議を見つけたいのよ」
 真剣な眼差しで懇願する知識。初めて見る彼女の顔に少したじろぐ。(何をムキになってるんだろう?)

「ええっと……ちちんぷいぷい!とか?」
 言ってから恥ずかしくなった。その時、火照った顔にバチンと何かがぶつかる。お、お、大きな虫だ!もう秋なのに!?パニックになったわたしはそのまま後ろによろめき――何故かそこから消えていた石扉の向こう、光の世界に吸い込まれる。押戸でも引戸でも無く消える形式らしい。慌てた顔の知識が、夜闇に遠のいた。



 *



 あれ、会社だ。

「おはようございます」
 オフィスの自分の席に腰かけながら、隣でパソコンを睨んでいる同僚に声を掛ける。目つきは悪いが不愛想ではない彼は、こちらを見て丁寧に挨拶を返してくれた。一息つこうと思ったのか、コーヒーの入った紙コップに口を付ける彼。「あーすっかり冷めてら」と苦い顔をした。それからコップをデスクに置き直し、パチンと指を鳴らす。すると不思議。コップから湯気が立ったではないか!……え?

「今の何ですか!手品ですか!?」
「……からかってます?」
 微妙な表情の彼。わたしは追求しようとしたが、彼が上司に呼ばれて席を立ってしまった為に機会を失う。

 ピンポーン。オフィスのインターホンが鳴った。午前中の郵便が届いたようだ。取りに行こうとすると、わたし宛ての荷物が羽を生やしてパタパタ羽ばたいてくる。窓の外を見ると、箒で人が飛んでいた。

(何これ、まるで魔法の世界じゃん!……魔法?)
 わたしはごく最近聞いたような言葉に、引っ掛かりを覚える。

『ねえ、ハテナも何か試しに言ってみて。魔法っぽい言葉』
 
 ――知識。そうだ、わたしは知識と星見遺跡に行っていた。そこで扉に吸い込まれて……どうなったのだろう?いつも通りに見えて、どこかおかしな社内。あの都市伝説通りだとするとここが異世界なのだろうか?
 
 とりあえず状況を探りながら大人しく過ごしてみるが、心が落ち着かず、午後になるとランチ勢に紛れて早退してしまった。
 
 街に出ると空には箒の他に、車もペガサスも飛んでいる。道行く人々の中には明らかに人間とは違う四角いロボット。殆ど人間だが首に型番の印字されたヒューマノロイド。ここは魔法と科学が混在する不思議な世界のようだ。しかしそれ以外は人も建物も元の世界と変わりない。異世界というよりパラレルワールドといったところか。

 不安も恐怖もあるにはあるが、午前中の仕事時間で謎の余裕が生まれ、知識への土産話でも見つけようかな?と思える位になっていた。

 それにしても……この世界は文字に起こせばワクワクするような要素に溢れているというのに、そこに生きる人々は楽しそうではない。それどころか酷く退屈そうに見えた。

(こんなに不思議に溢れているのに勿体ないわ!なんて、知識なら言いそう)
 さあ、これからどうしようか。わたしは答えを探すように空を見上げた。

 空には昼間だというのに星が浮いている。不思議だなあ……と、赤、青、黄色に輝くその星を眺めていると、誰かが「アアッ」と声を上げた。驚きと絶望の入り混じったようなそれ。周囲の空気が一気に不穏になり――次の瞬間、星が鋭い光線を地上に放った。光線は人々の頭に直撃し、貫かれた人々は苦し気な呻き声を上げる。「キャー」「ウワァー」無数の悲鳴で街は混乱に陥った。

(とにかく、逃げよう!)
 人々に倣って建物の中に避難しようとするわたしの頭上に、丸い影が差した。「忘却の魔女だ!逃げろ!」口々に言う人々。

(ま、魔女?)
 振り返り見上げた先には……UFO。フォンフォンと独特の音を立て浮いている円盤マシンの上には、見覚えのある女の姿。フワフワの髪に大きな三角帽を被って、紺色のローブに身を包んでいる。知識に見えるが、その目の輝きは失われていた。

 魔女はわたしと目が合うと驚いたような顔をして「久しぶりね、ハテナ」と言った。それはつい最近も聞いた言葉だが、悪役じみた響きだ。“久しぶり”ということは、これは元の世界の知識ではなく、パラレルワールドの知識なのだろうか。

 彼女が手を振りかざすと、呼応するように星から光線が出る。逃げ遅れた人々が一人、また一人、餌食になった。

「な、何をしてるの!?」
「何って。ニュースを見てないの?世間を騒がすテロリスト“忘却の魔女”とは私のことよ」

 ……遅れて来た中二病だろうか?と思った。その時サイレンの音が鳴り、青空をパトカーが埋め尽くす。囲まれた知識はチッと舌打ちをして「ちょうどいいわ。話もしたいし、人質になってくれない?」と言った。
 言葉の意味が飲み込めないわたしを、UFOから飛び出した巨大な手が掴み、空に攫う。目が回って気持ち悪い。揺れる視界で、硬直状態の警官と勝ち誇った笑みの知識が見える。そして次の瞬間、わたし達は虹色の光に包まれた。


 虹色の光が収まると、そこはもう街中ではなくドーム状の部屋だった。物一つない。壁はオーロラ色で、本物のように少しずつ色が変化している。扉も窓もないのにどうやって入って来たのだろう?

 着陸したUFOから知識がピョンと飛び下りる。巨大な手が緩み、わたしは解放された。乗り物酔いのような気持ち悪さによろめくわたしに知識は大股で歩み寄ると、ぐっと近付き顔を覗き込んでくる。

「あなた、私の知ってるハテナじゃないわね。この世界の人間じゃない目をしてるわ」
「……え?」
「どういうことか説明してくれる?あの子をどこへやったの?」
 険しい顔で詰め寄る知識。幼い顔立ちだが、表情は大人の迫力を身に着けていた。わたしは観念して自分の知る限りの事実を話す……というより、言葉が勝手に出て来た。知識の指がわたしの唇に触れると、勝手に口が動き始めたのだ。
 話し終えると、知識は「ふーん」と腕を組む。

「信じて貰えないかもしれないけど、本当だよ」
「信じるわよ。私の自白魔法は強力だもの」
「魔法……こっちの世界の知識は、魔法使いなんだね」
「あなたの世界に魔法使いは居ないの?」
「魔法も、空飛ぶ車もないよ。空想上のものとしてはあるけど」
「空想?」
 知識は目を丸くしてその言葉を復唱した。その顔が徐々に悲し気な色を帯びていく。

「あなたの世界には、まだ夢や空想があるのね……羨ましいわ」

「どういうこと?」と首を傾げるわたしに、知識は「自白魔法でも使ってみたら?」と意地悪を言ったが、じっと見つめ続けると諦めたように溜息を吐いて、話してくれた。


 ――この世界にはもう、不思議も未知も存在しないらしい。
 宇宙の星々は発見し尽くされ、全てのオーパーツの謎は解明され、かつて人々が夢見た空想の世界は技術革新により現実のものとなった。
 脳に埋め込まれたマイクロチップで最新の情報や技術がシェアされるようになると、人々は次第に学習意欲、好奇心、探求欲を失っていったという。

「未知の無い世界になって、人類の進化は止まったわ。人々の顔を見たでしょう?生きながらに死んでいるようなあの顔。当たり前よね。私たちは星の寿命も、人類の行く末も、宇宙の仕組みだって知ってしまったんだもの」
 
 知識は昔から時々とんでもない話をすることがあったが、これは段違いだった。悲痛な顔で語る知識にどう反応していいか分からず、黙って聞いているしかできない。

「私はね、何とか残された不思議を探し出そうと世界中を旅したわ。人は未知の領域さえあれば希望を抱ける。どうにか、一つでも見つけたかった。でもね……もうどこにもないのよ。どこにもね」

 知識の言葉が途切れる。沈黙の隙に、わたしは彼女の話を整理した。

 不思議の解明し尽くされた世界。科学も魔法も極めた世界で、人間は未知を失い絶望しているという。知識はそんな人々を救いたいと思っている……?ならどうして民間人を襲うテロリストなんてしているのだろう。

「ねえ。なんであんなことしたの?」
「ああ、さっきのことね。あの光線を出す星は、私が数年かけて作り上げた魔法装置“救済の星”よ」
「救済……?」
 相手を苦しめながら救済と言う彼女に、狂気じみたものを感じる。わたしの非難の視線に気付いた知識は薄く笑った。

「あの光線は、頭のマイクロチップを溶かして脳を作り替える。知能レベルを強制的にゴリラやチンパンジー並みにするのよ。記憶も消えるから“忘却の魔女”なんて呼ばれているってワケ」
「な、なんでそんなことを」
「分からない?私はね、この世界をリセットしたいのよ」

 地球がまだ未知に溢れていた太古の昔に戻すために、今の文明をリセットする。それが目的なのだと、知識は語った。そんな大それた事を一人で出来る訳が無いと思ったが、どうやら彼女と志を共にする者は世界中に居るらしい。

「あなたがこっちに来たってことは、“私の相棒”はあなたの世界に行ったのかしら?」
「さあ……」
「不思議に溢れた世界なら、きっとハテナも幸せね」
 悲観に染まっていたその顔に、少しだけ暖かな色が差す。そこに知識の“相棒”に対する感情が見えるようで、わたしは複雑な気持ちになった。(ずっと連絡寄こさなかったくせに。あ、この詩織はあの詩織じゃないんだっけ……)

「ねえ、忘却の魔女さん。何でも知ってるって言うなら、わたしが元の世界に戻る方法も知ってる?」
「そういう魔法はいくつか知ってるわ。でも教えない」
「なんで」
「あなたが帰ったら、ハテナがこんな世界に戻ってこなくちゃいけないじゃない。あの子の為に、ここで私と……世界の終わりと始まりを見ましょう?」


 知識が片手を宙に掲げると、そこに“救済の星”が現れる。わたしは咄嗟に頭を庇って横に飛びのいた。わたしの立っていた場所に光線が刺さる。……脳を改造されるなんて絶対に嫌だ。けれど魔女の知識にわたしが対抗できる術なんてあるだろうか?

 逃げるわたしを瞬く星々が追いかけて来る。少しでも止まればチンパンジーだ。チンパンジーは十分賢い生き物だと思っているが、わたしは人間のままで居たい!

「うっ」
 足が縺れその場に転んでしまった。視界の端に顔の横スレスレを通過していく光線が見えて、背筋が凍る。

 赤、青、黄色。クリスマスツリーの電飾のように色を変える星。宙に浮かびこちらに近付いてくるそれは、球体でも五芒星でもなかった。あちこちにボコボコと突起のあるそれはアレに似ている。アレだったら良かったのに。そう、

(金平糖になっちゃえばいいのに!)

 そう願った瞬間、手の平サイズの星がパンと弾け、指先くらいの可愛い砂糖菓子になった。知識が驚いた顔をしているが、きっとわたしの方が驚いている。どういうことだろう?わたしにも魔法の力が発現したのだろうか?

 金平糖が散らばり、空中で銀河になった。甘い銀河は網のように広がっている。わたしはそれを見て、高校時代に知識が言っていたことを思い出した。

『知ってる?宇宙と人間の脳はね、構造が似てるのよ』

 脳の神経細胞と銀河は似ており、どちらも網目と繋ぎ合わされた結節点によって組織化されているだとかなんだとか。その時は話半分に聞いていたそれが、今、わたしの中で真実になる。

(そうか。この世界は誰かの、彼女の、わたしの……)

 わたしは意識と体がどこかに引っ張られるのを感じた。

「逃がさないわよ!」
 知識がわたしに手を伸ばす。その顔は置いていかれる子供のようで、今にも泣いてしまいそうだ。忘却の魔女に抱いていた恐怖心が一気に萎む。わたしはその手を掴み、彼女を引き寄せた。

「な、なんで笑ってるのよ」
「なんだ、まだ分からない事があるんじゃない。……ねえ知識」
「なに」
「大丈夫だよ。二人ならきっと、世界は不思議だらけだから」

 だから今度はちゃんと、一緒に行こう。

 わたしは目を閉じた。覚めるために、眠るのだ。



 *



「ハテナ!」
 知識の必死な声に呼ばれ、わたしは目を開ける。そこはオーロラの部屋ではなく、秋の虫の音が鳴る星見遺跡だ。どうやらわたしは冷たい石の床に倒れているらしい。体を起こすとズキリと後頭部に痛みが走った。振り返れば、閉ざされたままの石扉。

「あれ?扉、開いてたよね?」
「ちょっと大丈夫?頭打っておかしくなったんじゃないでしょうね?ハテナは虫に驚いて、転んで、扉に頭をぶつけて気を失ったのよ」
 そう言われれば、そんな気もする。わたしはぼーっとする頭で、知識と遺跡と月を眺めながら、忘却の魔女のことを思い出していた。随分不思議な夢を見たものだ。あれはわたしの深層心理を何かしら反映していたのだろうか?それとも。

「ねえ知識。どうして突然日本に帰ってきたの?」
「何よ唐突に。そうね……世界中の不思議を探求し尽くしちゃったから、かしら」
 そんな訳はない。栄養補助食品のカロリーも把握していない彼女だ。きっとまだまだ知らないことがある筈である。

 もしかすると彼女もわたしと同じ……つまらない大人になりかけているのだろうか?宇宙人も地底人も居ないと、諦め始めているのだろうか?
 真剣に魔法の言葉を探していた知識。彼女は今夜のこの冒険に、わたしとの再会に、何かを賭けていたのかもしれない。

「じゃあさ、今度は二人で行こうよ。知識は猪突猛進だから、いっつも何かを見逃しがちだもん」
「二人でって……」
 知識の目が見開かれる。そこに、明るみ始めた空が映った。
 
「さあ、行こう」
わたしは手を差し出す。知識は一瞬躊躇った後、その手を取った。

「不思議発見部、ここに復活ね」
「もう置いて行かないでよね」
「勿論よ。一人旅には飽きたもの。よろしく、相棒」
 
 爛々と輝く知識の瞳。わたしは自分の中からむくむくと湧き上がる好奇心に、心地よい鳥肌が立った。再び始まる二人の冒険。まずはどこへ行こう?何をしよう?


 とりあえず朝食に、美味しいコロッケ蕎麦を食べに行こう。
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