【友活アプリ『ニコイチ』】



「俺たち、別れよう」
 夫のその言葉を聞いた時、頭が真っ白になり顔は真っ青になった。(どちらもイメージの話である)
 親や会社に何て言おう?引っ越しはどうすればいい?……既に自己完結しているようなどこか清々しい顔の夫に、勝手すぎる!と呆れる気持ちはあれど、責める気はしなかった。わたしもどこかでこの結末を予測していたのだろう。「そうだよね」と頷く。

「一応、理由を聞いてもいい?」
「君のことは大切だけど……友達の感覚なんだ。どうしても女性としては愛せない」
 結婚して三年目。今更それを言うのか、と思った。恋人時代からわたし達は“友達のような恋人”ではなく“恋人のような友達”だった。それを互いに承知の上で、人間としての相性は抜群に良いから、生涯のパートナーにしたのだと思っていた。しかしやはり暗黙の了解なんて不確かな物に、人生を委ねるべきでは無かったのだ。

 こうしてわたしは、再び一人になった。



 *



 離婚から三カ月。2LDKの小洒落たマンションから1Kのアパートに引っ越したわたしは、最初こそ気ままな一人暮らしを満喫してやろうと意気込んでいたが、一度二人に慣れてしまった手前そう簡単にはいかなかった。一人は暇で孤独である。

 この世界は、一人では生き難いように出来ている。夏祭り、花火大会、水族館、テーマパーク、高級レストラン。この世界の美しい所、楽しい所はどこもかしこも、お一人様お断りの雰囲気があった。だから今、独り身となったわたしは市民権を剥奪されたように感じているのである。

『離婚することになった』と母に電話で告げた日のことを思い出す。母は涙声を必死で隠して、ただ慰めるように『あんたが決めたことなら何も言わないよ』と言ってくれた。(わたしが決めたことでは無いけど)それから『今時、結婚だけが全てじゃないからね。親友なんていいんじゃないの』とも言った。

 ……親友。
 その言葉が指し示すものは、十年前の『親友法』可決以降大きく変わった。

 それまで日本には、男女の夫婦関係を認める婚姻制度と、同性婚を婚姻に次ぐものとして認定するパートナーシップ制度が存在していた。どちらも赤の他人同士だった二人を特別な関係として認めるものである。そこに加わったのが『親友制度』だ。

 未婚率の上昇と長寿化が進んだ日本で、人々が恐れたのは孤独だった。家庭を築くという定型的な夢こそ多様性により薄れたが、年々増える孤独死の報道に、人々は人生への悲壮感を抱いていたのだ。そこで国が打ち出したのが、親友届を出すことで当事者同士を親友関係と認める『親友制度』である。

 親友届を申請できる条件は、大きく次の三つである。
・20歳以上であること
・相手方当事者以外の親友登録者がいないこと
・近親者でないこと
 同性、異性を問わず、また配偶者の有無も問わない。仲を違えた場合は絶交届を提出し、関係を解消することができる。

 親友届が受理されれば、戸籍上に親友として名を残すことが出来た。また親友証明カードを発行することができ、孤独でないと証明することも出来る。財産分与など金銭に関わる権利は得られないものの、病院での面会や手術の同意が配偶者に次いで優先されるほか、相手の婚姻届や子の出生届、死亡届が出された際は通知がくるようになる。日常でメリットを感じやすいものとしては、各企業が行っている親友割サービス、福利厚生があり、これを目的として親友届を出す者も多いそうだ。親友が一人のみと決められているのは、サービスの乱用を避ける為なのかもしれない。

(一人で生きていくのも死ぬのも嫌だし、元夫にだって親友が居るんだから、わたしも作ってみようかな。でもどうやって?)

 親友を作る為には、まず友達が必要だ。離婚後妙に気遣ってくる同僚や学生時代の友達の中から、候補は見つかりそうにない。友達作りの方法に悩んだわたしが行き着いたのは……
 “あなたにぴったりの友達が見つかる!”という広告の、友活マッチングアプリ『ニコイチ』だった。

 ニコイチは、オンライン上で友達や親友の候補となる相手を探すためのアプリだ。恋活アプリ同様に、年齢、趣味、居住地など様々な条件で自分好みの相手とマッチングしてくれるサービスである。基本的には相手のプロフィールを見て、気になった相手に「いいね」を送り、相手からも「いいね」が返ってくればマッチング成立。後はメッセージで交流を深めるもよし、実際に会って仲を深めるもよし、といった具合らしい。

 とりあえずプロフィールを埋め終える。と、いきなり「いいね」が来た。どれどれ……A・Yさん。都内在住、29歳看護師。目のパッチリした色白女性で、小さな顔をワンレングスの長い黒髪が縁取っている。プロフィール写真はどこか観光地で撮ったような、ソフトクリームを手にしているもので、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。二枚目はペットの子犬、三枚目は手作りらしいハンバーグの写真。家庭的であることは友達相手にもアピールポイントになるのだろうか?
 丁寧な自己紹介文からキチンと自立した女性であることが伺えたので、練習がてらマッチングしてみることにした。「いいねを返す」ボタンをタップすると、画面にパッと花が咲き「A・Yさんとマッチングが成立しました。トークルームでお話してみましょう」とメッセージが表示される。トークルームは、アプリ内でやりとりする二人だけのチャットルームだ。一通目の内容に悩んでいると、早速相手からのメッセージが届く。

『はじめまして!A・Yです。マッチング有難うございます。メッセージで仲良くなれたらお茶に行きたいなと思っています。よろしくお願いします^^』

 ……なんだかワクワクしてきた。仕事でも恋愛でもない損得無しの気楽な関係構築。友達作りっていいかもしれない。わたし達は互いのプロフィールの内容を掘り下げるようなメッセージを繰り返して、交流を深めていった。

 それから一週間。私はAさん以外に五人とマッチングしたが、メッセージが続いているのはあと二人だけである。

 一人はC・Tさん。都内在住、24歳WEBデザイナー。手で恥ずかしそうに口元を隠した写真が一枚、後ろ姿の全身写真が一枚。身に纏う清楚なワンピースはわたしもよく着るブランドのものだった。共通する趣味も多く、わたしからいいねを送りマッチング。気が合い楽しくメッセージを続けている。

 二人目はBlueさん。都内在住、27才広告代理店勤務。名前をイニシャルで登録している人が多い中、Blueというカッコつけた名前が目を引いた。派手な青緑色の刈り上げショートヘア。両耳にはいくつものピアス。趣味は音楽、古着、アクセサリー作り。プロフィール画像は登録上限の6枚全てを使用しており、個性的なコーディネートの写真で埋まっていた。自己紹介文はシンプルで「知り合いがこのアプリを使っていて、登録しました」から始まる、出会い系アプリでよくあるテンプレ文だ。そこまで出会いに飢えていないというアピールなのだろうが、言い訳がましく逆効果でしかない。クセが強めの彼女とのマッチングはただの事故だった。いいねをされて、うっかり返してしまったのだ。絶対に話が合わないと思ったが、メッセージを交わしてみると意外と楽しく、心地よいラリーが続いている。

(わたしはこのアプリで、親友に出会えるかな?)

 その時、アプリのメッセージボックスに新着通知が届いた。Aさんからだ。

『今週末、時間があったら会ってみませんか?』
 マッチングから一週間。相手が異性なら早いと感じるかもしれないが、同性で、これまで交わしてきたメッセージの密度を考えると、もう会ってみてもいいかもしれない。わたしは『是非!』と答えた。



 *



 真夏の正午は焼けるように熱い。もやもや揺らめくアスファルトが、通行人を目玉焼きにしようとしている。わたしは道行く半熟卵たちを見下ろしながら、冷房吹きすさぶ駅ビルの窓際で、Aさんを待っていた。

「こんにちは、A……梓といいます」
 現れた梓さんは、ソフトクリームの写真より美人では無かった。

 Aさんおすすめのお洒落なカフェに入り、メニューに目を通す。チョコミントラテという期間限定ドリンクがあり、即決した。チョコミントが好きなのだ。梓さんはミルクティーを注文する。彼女は保守派なのかもしれない。

 飲み物を待っている間、改めての自己紹介やメッセージの話題の続きで盛り上がる。数分後、普通のミルクティーと、青緑色のホイップクリームが山盛りのカップが運ばれてきた。わたしは清涼感とこってりの共存するその見た目に所謂“映え”を感じて「カワイイ〜」と何枚か写真を撮った。

「写真、SNSに上げたりするんですか?」
「いえ、ただの記録ですよ!」
 写真を保存して、スマホをテーブルの上に置く。どうやら彼女は流行りに迎合しないタイプらしい。上品に「乾杯」してから、チョコミントラテにそっと口を付けた。――これは、なんて素晴らしい!

「そういえば、先週は仕事が忙しかったんですよね?」
「そうなんですよ。お盆休み前だから立て込んでて。梓さんは?」
「私は今は平気。忙しくて一人だと、誰にも相談できなくて病んじゃうよね。分かるなぁ。辛いよねぇ」
「いや?そこまででは」
「実は私もそうだったんだけど……すごく尊敬できる人からアドバイスをもらって、考え方が変わったら生活がガラッと変わったの。仕事だけが全てじゃないよ!」

 ……あ、なるほど。

 どうやら梓さんには尊敬できる人がいて、その人は誰でも親身に相談に乗ってくれるそうで、その人を通じて知り合った仲間内のパーティーが楽しくて、わたしは友達だから特別に招待してくれるとのこと。ペラペラペラ、口が回る。梓さんが語れば語るほど、私たちの関係もペラペラに薄くなるのを感じた。

「あなたは尊敬できる人っているかな?」
「わたしは、この世に初めてチョコミントを誕生させた人を尊敬しますね」
 彼女の頬がひきつる。ああ本当にチョコミント様は偉大だ。だってこの一杯のおかげで、日曜日が無駄にならなかったんだから。わたしは梓さんの“お仲間”が現れる前に席を立つ。

 その日の帰宅途中、アプリ上の彼女をブロックしたのだった。(折角仲良くなれるかと思ったのに)

 初のアプリ面談から帰宅し、スマホの写真フォルダを開く。チョコミントラテは加工でもしたように色鮮やかだ。その人工的な薄青緑は海でも空でもない、チョコミントにしかなれない色。……いや、チョコミント以外にも当てはまる存在がある。わたしはBlueさんとのトークルームに移動して、メッセージを綴った。今話している“好きな映画”の話に相槌と終結、展開を入れて。それから新しい話題を添える。

『今日、初めてアプリの人と会ってきました!やっぱり緊張しますね。その時のカフェのドリンクがBlueさんっぽかったので、写真を送ります』

 返事は三時間後に来た。即レスの必要ない関係が楽である。

『えっ、めちゃ私wめちゃ美味しそうwあ、よければ私達も会ってみませんか?』
 わたしは梓さんで懲りていないどころか、何かを取り戻そうとするように、YESの返事をした。



 *



 午後2時。駅構内のよく分からないモニュメントの下は、有名な待ち合わせスポットだ。改札方面から長い脚で颯爽と現れた彼女は、明るいチョコミントカラーの髪が周囲の視線を集めていた。

 「こんにちは」
 気怠い響きの低温ボイス。カラコンを入れているのか、日本人離れしたアイスグレーの瞳がわたしを射抜く。写真から想像はしていたが、ビジュアル系バンドで女子にキャーキャー言われていそうなその外見に、わたしは少女のように狼狽えた。

 手頃なカフェに入ったわたし達は、遊びの無いメニューの中からアイスティーを二つ注文する。Blueさんはリアルだと口下手なのか、最初に少し挨拶をしたきりテーブルの上を見つめていた。その様子も神秘的で様になっている。……気まずい沈黙にどうしたものかと思っていると、あっという間に飲み物が運ばれてきた。Blueさんの攻撃力の高そうな爪が、少しでも気を紛らわせようとしているのかストローを弄び始める。ストローの紙袋をぎゅっぎゅっとおろして、綺麗に蛇腹になったそれが、トレーの端にコロンと横たわる。身をぎゅっと縮めて、動き出したそうにしている。

「水をあげないと、苦しそうですよ」
「え?」
 Blueさんがわたしの言葉にポカンと顔を上げた。わたしは彼女の手元の“ストロー袋製イモ虫”を指差し、ストローで水をかけるジェスチャーをする。Blueさんは訳が分からないといった顔のまま、それでも素直に、スポイトの要領でストローの先に水をとると、イモ虫に二、三滴垂らした。

 グニャグニャグニャ〜。紙のイモ虫が水を吸って蘇る。その尺取虫のような動きに「うわっ、気持ち悪っ」とブルーさんは破顔した。驚く程あどけない笑顔に、わたしのどこかもグニャグニャ捩れる。

「面白いこと知ってるんだね」
「カフェで手持無沙汰になると、つい遊んじゃうんですよね」
「分かる分かる。レシートで折り紙したりね」
「鶴とか?」
 そうそう、と言いながらブルーさんはレシートを使って、器用に折り目正しい鶴を誕生させた。首が長めで小顔の鶴はどこか作り手に似ている。わたしが「足付きの鶴っていうのもあるんですよ」と言うと、Blueさんはすぐにスマホで調べ、奇妙なガニ股二本足の鶴の画像にまた笑った。クールな印象を抱いていたけれど結構な笑い上戸らしい。可愛い人だなと思った。彼女が笑う度、耳元で大ぶりなピアスがゆらゆら揺れる。

「可愛いピアスですね。もしかして手作りの?」
「ありがと!そうそう、自信作!雨をイメージして作ったんだよね」
 そう言って、彼女の細長く白く器用な指が、シルバーの滴を小突く。

「やってみたかったら教えるよ?」
「わたし不器用だからなあ」
「平気平気、結構簡単だよ。今度パーツ買いに行こ」
 
 わたし達の次が確定した。

 Blueさんこと青子との出会いから早三カ月。週に一度遊ぶ関係を続け、彼女はわたしの特別になっていた。彼女とは趣味も生活も違うのに、いくら話しても話題が尽きない。よく笑うが、プライベートを開けっ広げにしないミステリアスなところのある彼女は、知っても知っても知りたくさせた。一緒に街を歩く時は、イケメンを連れて歩いているかのような優越感に浸ってしまう。わたしは青子に夢中だった。

 青子と会えない日は、次に彼女とどこへ行こうか、一緒に何を食べようかばかり考えてしまう。夏祭り、花火大会、ハロウィン、クリスマス、初詣、バレンタイン、ホワイトデー、お花見。一年はこんなにも楽しいことで溢れている。カレンダーを見ることが宝探しのように思えた。

 暫くメッセージを続けていたCとは、結局会うことはなかった。わたしが他の人と会っていると話した途端、人が変わったように「私も良い人が出来たんで。お幸せに」と言い逃げされブロックされたのだ。同性同士の友活でも浮気という概念はあるのだろうか?……いや、ある。わたしだって青子がまだアプリを続けていることが不安で堪らない。ログインはしていないようだけど。

『アンタと出会えてよかったよ。私、友達作るの苦手でさ』
 先日青子に言われた言葉を思い出し、罪悪感で胸がいっぱいになる。……わたしも彼女の友達には、なれなさそうだ。もう会わない方がお互いの為かもしれない。

 誰も幸せにしないこの関係に、いっそのこと終止符を打つべきか悩んでいた時、最早青子の監視目的のみで続けていたアプリに一つのいいねが届く。
 N・Kさん。同い年のバツイチという所に共感を覚えて、プロフィール内容の薄い人とマッチングしてしまった。数少ない登録写真からセンスの良さを感じたからかもしれない。
 半ば自棄になってのマッチングだったが、その人は疲れたわたしの心を癒すような程よい言葉をくれ、ただ悩みを聞いてくれた。信頼できる、安心できる存在。こういう人が友達にはいいのかもしれない。

 わたしは会う約束を取り付けた後で気付いた。その人は男性だった。



 *


 
 今日、わたしは最も信頼できる友達と“親友届”を提出した。友活アプリ『ニコイチ』は誇大広告ではなく、しっかりわたしと親友N・Kとの縁を結んでくれたのだ。

 驚きの結論から言えば、N・Kはかつての夫だった。彼も孤独から友活を始めていたらしい。互いの正体が分かった時は二人とも驚愕したが、どこか腑に落ちる思いだった。相性の良さは嫌という程理解しているからだ。

 彼がまだわたしの夫だった頃、彼には親友が居た筈だったが、訊けば「君との離婚後、すぐに絶交したんだ。あいつは俺を親友として見ていなかったらしい」とのこと。わたしは“やっぱりな”と思った。あの男がわたし達の結婚式の時に一瞬見せた不穏な瞳がずっと焼き付いていたのだ。話を聞けば、彼が離婚に踏み切ったのもあの男がわたしへの気持ちを考え直させ、誘導したらしい。嫌な男だと思うが、友達に恋する切なさは誰よりも知っている。同情した。

 離婚した夫と親友になる事に双方の親族から反対されたものの、わたし達は結婚の時には無かった情熱でそれらを跳ね返し、先程無事に市役所にて親友と認められたのである。男女、夫婦という枷から解き放たれたわたし達は、以前よりもずっと良い関係を結ぶことが出来た。

 わたし達は唯一無二の親友とハイタッチを交わし、親友記念日を祝うため、ちょっと良い個室居酒屋に向かうのだった。

「最近楽しそうだね。例の彼女さんとは上手くいってるの?」
 居酒屋の向かいの席で、彼がコップの氷を指で遊びながら言う。例の彼女とは青子のことだ。一時彼女への恋心を友情への裏切りだと自己嫌悪し、彼女から離れようとしていたわたしだが、彼が止めてくれたお陰で今でも青子と一緒に居ることが出来ている。
『自分の気持ちに嘘を吐いちゃいけないよ。前の俺達みたいにさ』という彼の助言で、わたしは青子に本当の気持ちを伝えることが出来たのだ。最初は戸惑っていた青子だが、最近はこの想いが完全な一方通行では無くなってきたことを感じている。……なんて、自意識過剰の勘違いだろうか?

「うん、お陰様でね」
 青子と順調なのは、背を押し肩を支えてくれる彼のお陰だ。二人が実際に会ったことは無いが、わたしにとって大切な人同士。いつかは紹介しようと思っていた。

「浮かれてるね。じゃあ俺の恋愛相談にも乗ってもらおうかな」
「おや?元妻にそんなこと聞いちゃう?」
「今は親友、でしょ」
 わたしは複雑な女の顔をして彼を困らせてやろうとしたが、ニヤニヤを抑えられなかった。この彼がどんな女に惹かれたのか、どのように恋患っているのか、それに茶々を入れたくて仕方がない。

「どんな人なの?」
「仕事の関係で知り合ってさ。次が三回目のデートで……告白しようか悩んでる。脈はあると思うんだけど、分かりにくいんだよね。ミステリアスな人で」
「ふうん。ミステリアス美人の攻略なら任せてよ。ねえ、写真無いの?」
 身を乗り出したわたしに、彼は照れか酔いか赤い顔で、勿体ぶる様にゆっくりスマホの画面をこちらに向けた。そこに映る楽し気な二人の男女を見た瞬間――わたしは凍り付く。

 彼の横で、見たこともない顔で笑っている、奇抜な髪色の女。いつもの尖ったファッションが写真の中では抑え気味だった。

「どう思う?」
「はは、わたしと全然タイプ違うじゃん。……素敵な人だね」
「でしょ?応援してよ」
 彼のわたしを信頼しきった顔に何と返すべきか悩んで、わたしは思いきり歪な笑顔を浮かべた。

 恋愛を取るか友情を取るか。よくある陳腐な二択は、当事者にとっては死活問題である。

 彼はわたしの唯一無二の親友になったその日、憎き恋敵にもなったのだった。

「わたしに任せて。とっておきのアドバイスをしてあげる」
「やっぱり頼りになるなあ。君がいて良かったよ」

 これからもよろしく、親友。
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