『幸福の教典』

幸せに、定義や規則があるのだとしたら
私は無知のままで良い。

たとえ今が泪の雨でも
雨はやがて洪水となり
再び世界を海の底に沈めてしまうから。

その頃、滲んだ教典を前に
穏やかに微笑むことができるなら。

私は、幸せを学ぼうとは思わない。

幸福を識り、不幸を知ろうとは思わない。



***



『心の帰還』

「さよなら」を言うとき
本当の私が「ただいま」を言う。

「今までありがとう」と
積み重ねてきた虚飾の山を
一瞬で吹き飛ばして

残ったものは
嘘に疲れた、自由な孤独。

楽しかった我慢や努力も
しないでいるのが、一番楽だ。

涙が出ないのが、少しかなしい。



***



『いつもの桜』

この桜は、いつもの桜。
昨年も一昨年も、咲いていた桜。
来年も再来年も、咲く桜。

けれど儚く思えてしまうのは

いつものままではいられない
私たちの自己投影。



***



誰も居ない、いつもの道。
そっくりだけど、同じじゃないの。

見慣れた街の素知らぬ顔に
すっかり私は、異邦人。
良く知る道で、迷子になった。

きっとこれは、春の夢。

暁は、まだ遠い。



***



『桜紀行』

早咲きの桜を追って、北へ旅をする。

一時間に一本の電車に乗って
ICカードを読み取らない駅に降りると
そこは見知らぬ、春だった。

とても静かで、騒がしい。
道が広くて、歩きにくい。

花見酒の酒気が混ざる住宅街を
肩身狭く通り抜けた、その先には

まだ初心な、桜が咲いていた。



***



『死にゆく季節』

誕生に沸く春だけれど、
死にゆくものも、ある。

冬の間、あんなにも大切に温め合った
頑なで誠実だったものが、

春の日差しに溶けてしまった。
春の陽気で浮き立ってしまった。

春に、死んでしまった。

生まれなければ、悼むことなどなかったのに。

痛む心も、知らずに済んだのに。



***



今まさに生まれゆくものは、
今まさに死にゆくもの。

私の春は、死に満ちている。



***



『さび』

生きるということは
錆びていくということ。

息をする度、涙を流す度、
私は錆びていく。

もうこれ以上錆びたくないから
息をひそめて黙っていた。
悲しみも喜びも避けて、一人きりで居た。

するとどうだろう。

心が一気に、錆び付いた。



***



みんなと同じ生き方も
みんなと違う生き方も

どちらも、きゅうくつ。



***



『メイドインスプリング』

柔らかいお日様と、香る突風。
花の咲く季節に、私は生まれた。

別れの切なさと、始まりの希望。
心地よいまどろみに、優しい夢。
そういったものから、私は出来ている。

笑顔は20℃。
涙は桜餅のように甘じょっぱい。

メイドインスプリング

私は、春製おんなのこ。



***



春が来て、春が来て、春が来て。
「おんなのこ」という言葉に
罪悪感が募っていく。

駄菓子のおまけの指輪と
宝石店のダイヤの区別もつかないのに

どうして大人になれるだろう。



***



『灰色のゴム』

少しの汚れも許せない
潔癖な生き方をしていたら

まるで消しゴムのように、すり減っていった。

消したわたしは、消せないわたし。
消せば消すほど、消せないわたし。
小さく細い、灰色のゴム。


欲しいのは
誰にも消せない油性マジック。

もしくは
全てを塗り替える修正液。



***



『好き・嫌い』

いつからだろう。

「好き」が簡単になって
「嫌い」が難しくなっていた。

ドキドキしない「好き」と
ヒヤヒヤする「嫌い」

「嫌い」を飲みこむことで、守りたいもの。

それが本当の「大好き」
だったらいいのに。



***



『動機の無い狂気』

するべき。あるべき。空の正論。
動機のない理性に、私は証明されている。

動機のない言葉は、なり損ないの心の咾。
動機のない行動は、電動式のゾンビの徘徊。

動機のない理性は、すなわち狂気。

世界は常識に、腐敗した。



全ては生ぬるい動悸の後。
世界は孤独に、同期される。



***



口角を上げて目を細める。
泣いていない。怒っていない。
わらっている、私。

お人形遊びは、得意なの。



***



『夏の魔法』

焼けた砂浜に「熱い熱い!」
初夏の海水に「冷たい冷たい!」

手足をバタつかせて、
ギリギリの苦痛にはしゃいで回った。

自分でも驚く位の、大きな声。
服が窮屈になる、大げさな動作。
ギラギラの太陽が、知らない私を照らし出す。

やっぱり、夏は特別。

元気になれる、魔法の季節!



***



『SecondBirthday』

一人でお留守番の日。
いつものお家は、姿を変える。

足音は鬼ごっこをしたがるし
絵画は軒並み怖い顔。

隠し扉の向こう、古びた階段をおりると
小さな檻の中
大きな獣が閉じ込められていた。

心のない怪物の咆哮に
私は心を奪われる。

怪物は、もう一人のわたしだった。



***



ハッピーバースデーtoミー。
これが、本当のわたし。

可愛いドレスが好きで
お化けが怖くて眠れない女の子ではないの。

パパのママのための私はもうおしまい。

これからは、わたしの物語。



***



『ママレードの夏』

美白知らずの夏少女は
惜しみなく肌を焼く。

こんがりトースト色のつむじには
まろやかなオレンジ色の日差し。

夏は、甘くてほろ苦いママレード。

お好みでバターをどうぞ。



***



ダイエットをして、くくりやすいお腹に。
首を洗った後は、保湿ケアを忘れずに。

意識高い系女子の、決意。



***



『夏鳴』

28℃のシェルターを出ると
ミンミンシャワシャワ、チリンチリン。
懐かしい匂いで、夏が鳴る。

絵日記に描くことが無くなってから

貯金箱を作らなくても
算数ドリルが出来ていなくても
夏は勝手に、終わっていくけれど。

でも、花火大会には行こうよ。

折角の夏なんだから。



***



夏の音はサイレンのよう。

海に行け、祭に行け、夏を楽しむべきだと

義務感と焦燥感を掻き立てる。



***



ふと見た水面が、明るく眩しかったら。

きっとそこは、出口。
はたまた、落とし穴。

どちらにしろ、飛び込んでみないとはじまらない。



***



『フェンス越しの夏』

全身にまわる、真夏の熱病。
うなされるように、焦がれる心。

それは
センチメンタルと言うには
あまりに苛烈な激情で

臆病な私は
取り返しのつくところから
そっと眺めていた。


フェンス越しの、夏。

大きく振りかぶって、投げる君。



***



『漂流ペンギン』

週末は世界の果てへ。
いつかの為に、終末を見に行こう。

人類が衰退した砂と水の国で
地球の最後に暮れよう。

折角、そんなつもりだったのに。

黒のウェットスーツに身を包んだ
波乗りペンギン達は言う。

「お嬢さん、海はまだ冷たいよ」と

夢から覚める、ナンパな一声。



***



まだ帰らない。まだ帰れないの。
二本の足じゃ、お魚たちに笑われる。



***



『明日はラララ』

昨日はミファソ
一旦休んで、明日はラララ。

ローヒールに履き替えて、
スキップの練習をしよう。

玉の瑕を気にするより
あばたに笑窪で笑っていよう。

きっと明日は少しだけ、

私を許してあげられる気がするんだ。



***



頑張れる人は偉いけど
頑張りすぎる人は偉くない。

人に冷たく、自分に厳しく。

そんな私が好きだけど、疎ましい。



***



『一人デモ』

でも、だけど、けれど。
納得できない正論に物申す。

一人でも出来る
簡単デモンストレーション。

誇りがあるなら
意識があるなら
黙っていちゃだめだ。

世界を変えられなくても
自分を変える必要はない。

さあ、明日を勝ち取るために

昨日の弱き賢人を、糾弾せよ。



***



「手放せば楽になれる」の慰めに
耐える自分を賛美する日々。

掴んでいたのは錯覚だった。
触れてすらいなかった。

フれていたのは、私。
inserted by FC2 system