『万有引力』
全ての物質は互いに引き合っており、
その力は物質の質量に比例する。
ならば、あなたが遠いのは
あなたの中の私の質量が
とても、とても
小さいからなのでしょう。
***
『アンモラリズム』
押しつけがましい道徳論を
信仰する世界。
自分を殺すか
他人を殺すか
私が生きていくには
二つに一つだった。
***
「君は二面性があるよね」
なんて、知ったかぶるのはよしてよ。
そんなに少ないレパートリーで、
生きてこれたワケが無いじゃない。
***
『8月32日』
私の夏休みは終わらない。
山積みになった宿題も
寝過ごしてばかりいたラジオ体操も
中々咲かない朝顔も
みんなみんな、また明日。
私の夏休みは終わらない。
クリスマスもお正月も要らないから、
クワガタを獲りに行こうよ。
さっき、あの辺りの木に蜜を塗ってきたから、
きっと今頃は、大物が集まっていると思うんだ。
私の夏休みは終わらない。
ラジオ体操のカセットテープが擦り切れて
塗り重ねられた絵日記が真っ黒になって
捗る昆虫採集に全ての虫が絶滅しても。
私の夏休みは終わらない。
***
『着安い女』
着回し力を重視し過ぎて、
私のクローゼットの中身は
何色にも合わせやすい白と黒の服ばかり。
賢く生きてきたつもりだったけれど、
いつの間にか
都合のいい女になっていた。
***
『0%のわたし』
一人きりで過ごす週末は、手抜き曜日。
ノーメイク。完全すっぴん。ありのままの私。
それは見慣れない、
よく知らない他人のようだった。
***
『100%のわたし』
なりたい私になるために
鏡の前で理想を描いた。
90%の完成度。
それが、見慣れたいつも通りの
100%のわたし。
「そういえば」の素顔より
「やっぱり」これが、私なの。
***
『夜の残滓』
昨晩の嵐で
砂浜に打ち上げられた“夜”の残滓。
途方に暮れている内に
世界は白み、朝が来た。
取り残されたそれには、足が生えた。
それが、私です。
***
夜の海は墨のように真っ黒で、
とても恐ろしいでしょう。
悲しみとか、恨みとか、嫉妬とか、
そういったものが溶け混んでいるからなの。
それらが砂に洗われて
朝までに青く澄んだ色になるのよ。
私は、その残りカス。
つまり、ねえ、
そういうことなのよ。
***
『夏の友人』
降り注ぐ夏の日を透かして
緑が輝く。緑が薫る。緑が囁く。
静かに息を潜めていると
確かに感じる、青い息遣い。
夏の暑い日に
木陰で会える私の友人。
それは、ひんやり冷たい鱗の
大きな大きな龍でした。
***
窓側の席の私。
廊下側にいた、苗字にさん付けの、
可愛いあの子。
あの子みたいになりたいとは思わない。
けれど、
あの子だったら、幸せだっただろうと思う。
***
なんとかと煙は高いところが好き。
昔からよくそう言うのに、
人間は競うように上を目指し続ける。
上へ
上へ
上へ
人間の飢えは底を知らない。
***
『さよならサマーガール』
いっぱいはしゃいで、たくさん傷付いて。
後先を考えず、脇目も振らず、
ただひたすら、毎日を裸足で駆け抜けた。
さよならサマーガール。
無邪気だった、少女の私。
もうじき、理知的で涼やかな秋が来る。
***
君は、君が恋をしているあの人にどんどん似てくるね。
いじらしい、だなんて思わないよ。
ただただ、イジワルだ。
***
取り返しのつかない状況に
心底安堵している。
何をしたって、もう、どうしようもないのだ。
だから、もう、何もしなくていいのだ。
***
『夏の切り売り』
チリン、チリンと風鈴を鳴らして
一台の屋台が止まった。
「よく冷えているよ」と言われて近づくと、
そこには色とりどりの“夏”が並べられている。
わたしはその中から
金魚色、花火色、ラムネ色を選んで、
氷と一緒にビニールに詰めてもらった。
「日持ちしないからお早目に」
そう言って、屋台は去っていった。
さあて、困った。
冷凍庫の奥にしまっておくとか
塩漬けにするとかしたら
いつまでもとっておけるかしら。
***
夏の夕立のような
激しさを秘めたあなたの表情にハッとした。
あの頃の
セミを自慢してきた無邪気な少年は
もう、いないのね。
***
『嫌われヒロイン』
我がままに振る舞う私は
あるがままの私じゃないの。
映画やドラマで観た
ずるくて嫌な女の子の真似をしてるだけ。
ねえ。早く、嫌いになってよ。
期待なんて、させないで。
***
「調子に乗ってる」だなんてよく言うわ。
乗せてくれる気なんて、ないくせに。
***
『夏色』
子供の頃、夏休みの絵日記が苦手だった。
だって、空も海も太陽も
みんなみんな眩しい夏色に輝いていて、
私の持っていた自慢の“100色色鉛筆”でも
とても描ききれなかったから。
ビンの中で涼しげな音を立てている
このビー玉から少しだけ色を分けてもらえれば
それで十分なのに。
***
『+1℃、暑い夏』
夏になると、浴衣が着たくなる。
Tシャツに短パンの方が
よっぽど涼しいというのに、
布を重ねて、帯を締める。
+1℃
温度が上がる、納涼の服。
***
シュワシュワはじけるソーダ水。
ふたを開けたら炭酸が抜けてしまうから
ペットボトルが汗をかくのを
いつまでも眺めていた。
***
あなたは浴衣が好きなんじゃなくて、
お淑やかな女の子が好きなのよね。
でもね
浴衣ごときで大人しくなる、
私じゃないのよ。
***
『後日憚』
今日は、昨日の後日譚。
例えば366日目とか
1001年目のように
世界はどこまでも
果てしないのだ。
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『.』
終わりは静かに、唐突に訪れる。
追いかけっこの鬼のように
私の後ろをついて回るその小さな足跡は、
“ピリオド”
***
調和に満ちた箱庭は
些細なきっかけで崩れ始める。
バタフライ・エフェクト。
それはたった一羽の
蝶の羽ばたきのような、
あなたの一声。
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起きたくないの。
醒めたくないの。
眠たい目をこするフリをして
涙を拭う。
「おはよう」だなんて
残酷な言葉で迎えるのはよしてよ。
***
『365日病』
“五月病”なんて言うけれど、
その症状は365日、いつでも唐突に現れる。
やる気が起きない。
何もかも放り出したくなる。
だから、仕事のお昼休みに外に出て、
そのまま戻らず公園で光合成をしていたら、
あなたが私のことを探しに来た。
怒ったような心配したような顔。
とっても仕事ができるあなただけれど、
カクレンボは上手かしら?
ねえ、先輩。
***
あなたのことなんて思い出しもしなかったのに、
迎えに来たその顔に口を衝いて出たのは
「遅い」
なんて、我儘な不服。
***
『一肌脱ぎます』
人肌、脱ぎます。
分厚い人の皮を剥いだら、
素直で気ままな、化物のわたし。
けれど最近の化けの皮は、
高品質で高性能。
既に本体と、融合していた。