卒業式。名前が呼ばれてあたしは一人、規則正しく並べられた皆から離れる。クラス代表で卒業証書をステージの上まで取りに行かなくちゃならないのだ。思ったより緊張はしない。ただ、一歩一歩がふわふわと、まるで自分の意思とは関係ないみたいに勝手に進んでいった。
来賓の方々に、礼。知らないおじさんやおばさんが軽く頭を下げてくれる。次に、先生方に、礼。……と、顔を上げた先には、今にもあたしを呪い殺してしまいそうな形相の担任が居た。何でだ!怖い!彼とは他の生徒と教師以上に良好な関係を築いてきたと思っていたけれど……それはあたしの思い違いだったのだろうか。僅かなざわめきが生まれるが、ここで式を滞らせるわけには行かないと、あたしはさかさか壇上へ上がろうとする。のに、足をかけようとした一段目は、すごい形相の彼の足がダン、と通せんぼしてしまう。ざわめきは大きくなると思ったけど、会場は逆に静まり返っていた。皆、呆然としているに違いない。あたし同様に。

「君は、私を置いて卒業するのか」
何を言い出すんだ。

「そんなの許してなるものか!君は卒業してはだめだ。しない。ああ、そうしよう」
「……いや、卒業しますけど」
「どうしてもか?」
「どうしてもですね」
何だこの人。いけないいけない。きっと危ない人だったんだな。知らなかったけど、今思えばそういう節が無くも無かったのかもしれ無くも無くも無くも……。でも、危ない人でも、人は人だ。人間は会話でコミュニケーションを計る生き物だ。きっと、会話を上手く誘導していければ、事無きを得られる筈!

「どうしても卒業するというのなら、結婚しよう!」

駄目だ!話が通じない!人間じゃない!

「なんで!どうしてそういう結論に!?」
「学校で会えなくなるのなら、そうするしかないだろう!?」
「そっ……えっ……なっ……」
上手く言葉が出てこない。皆ようやく状況を呑みこみ始めたのか、一気にざわめきが破裂した。生徒達は殆どがこの状況を楽しんでいるようで、逆に保護者達は非難の声を上げている。
「―――お断りします!」
「何……!?君は私の心を弄んだ責任を取らないつもりか!」
「弄んでない!勝手に捏造しないで!!お母さん、今の誤解だからね!誤解!第一、こんなTPOも弁えられない人なんて論外よ!論外!」
「論外……」
「そう!よりにもよってこんな大事な日に……!」
「今しかないと思ったんだ!今を逃したら君とはもう向き合えないと!」
「状況判断能力に問題がある!この後、教室でホームルームでしょ!?また会うじゃないの!!」
「そういえばそうだな!」
「そうよ!」
話がまとまったかのような錯覚が生まれる。すっかり解決した気分で壇上に上がろうとすると、今度は校長先生が鬼のような形相になっていた。

「二人とも、廊下に立っていなさい!!」
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