「じゃあ、不思議の国って本当にあったんですね」
「ああ、まあ」
「それって、やっぱりウサギの巣穴の向こうとか、鏡の向こうとかにあるんですか?」
突然、彼が歩みを止めた。すぐ後ろに居た彼女はその背中にぶつかりそうになり、慌てて止まる。一体何事かと彼を見上げたが、首がちょっとだけ痛かった。長身がほんの少しだけ恨めしい。

「ここだよ」
「え?」
何が、と問おうとしたその瞬間、彼の腕が見ても居ない後ろの彼女の腕を捕らえて、そのまま体も引き連れて自分の前に引っ張り出した。

「………え?」
何事かと状況を把握できずに困惑している彼女が、一歩先の足元に深く暗い闇が丸く待ち構えていたのに気付く。そして、これから何が起こるのか分かってしまったときには既に遅く、白ウサギの手がその背を押し出していた。彼女はよく分からない声を上げながら何とかして穴の淵に留まろうとつま先に力を込めたのだが、それも無駄な抵抗に終わり、体は闇に誘われるように、
落ちていった。


『白ウサギの追捕』より。(始まりはマンホールから) inserted by FC2 system