Act3.「パーティーの夜に」



 20時。案内役に導かれ、パーティー会場に続々と出席者が入場する。招待状と実際の出席者の数の相違、早々にウェルカムスペースで酔い潰れた迷惑な客への対応……ヘッドセットから聞こえる頭の痛くなる報告に、ピーターは溜息を吐いた。まあ、概ね問題なさそうだ。

 二階にある小部屋からは会場が一望できる。ピーターはカーテンの隙間から、警備兵が配置通りに付いていることを確認した。高くに位置する二階から見れば人々はまるでチェスの駒だ。春を祝うというテーマに合わせ、淡い色を身に着けている者が多い中で――その黒は些か目立っている。ジャックの隣で、大人しく淑女ぶっている少女。招待客リストの中にの名前があることは把握していたが、そこに居る少女が自分の知る彼女かどうかは疑わしく思った。

 黒いドレスの中に浮かび上がる青色の燐光は、熱に浮かされた夢のようだ。いつも下ろされていた髪は金色のリボンで結い上げられ、露わになった首や肩は薄いレースで覆われている。今宵のは、ピーターの中の彼女の印象よりも随分と大人びていた。
 意外だ、と思った。そのドレスも地味という程ではないが、彼女ならもっと明るい色を好みそうだと思っていたのだ。(いや、別に考えていた訳ではないけど)
 パートナー……引率のジャックがドレス選びに口出ししたのだろうか?

 ジャックが他の出席者に話しかけられ振り返る。横の彼女もつられて振り返り、その背中がこちらに向けられた。――少なからず目を瞠ったことは、否定できない。

 ドレスの前面は慎ましやかなものであったが、背面は全く異なる印象のデザインになっていたのだ。腰から上の布地は大胆にカットされ、心許ない細いリボンで編み上げられている。そこには薄いレースすらない。惜しみ無くさらけ出された白い背中と、項にかかる後れ毛。なめらかなビロードの布地は、彼女の動きに合わせて艶やかな光沢を放つ。

 ピーターがどこか罪悪感に似た感情を抱きながらそれを眺めていると、隣にやって来た男がその視線の先を追って、苦々し気に言った。

「悪趣味だな」
「何がですか」
 男はピーターの反抗的な声色に僅かに驚きながら、それに答える。

「あの娘のドレスだ。“例の予言”の後で、蝶を模したものなど不吉過ぎるだろう」

 ――例の予言とは、先月に行われた定期予言会でグリフォンが告げたものである。

『次なる満月の夜、胡蝶は夢から覚め、世界に終焉が訪れる。美しき羽音が響く時、物語は白紙へ戻り、運命の糸は断ち切れ、世界は虚無に融けこむ。その時、我らは美しき終幕を迎えるだろう』

 それを解読班は目下最大の問題である虚無化と結び付け、世界滅亡の予言であるとした。胡蝶とは観測者であるアリスであり、アリスが不思議の国を夢と否定することで世界は終焉に至るのだと。

 はアリスを捕らえ世界を救う役目を課せられた白ウサギであるが、この世界において不穏因子でもある異世界人だ。どちらにしてもイレギュラーな存在である彼女が予言を想起させるものを身に纏うのは、受け入れ難い何かがあるのだろう。特に誰よりもアリスを敵視し虚無化を恐れているこの男……この国の王には。

「蝶? こんな場所からよく細かなデザインまで見えましたね。だとしても、別に偶然だと思いますけど」
「あら。そうとも言い切れませんわよ? あの子のドレスはグリフィスが選んだものらしいですから」
 王の後ろから艶やかな美女が姿を現す。その呼び名通り華美な薔薇のような女、黒バラだ。ピーターは彼女の方をちらりとも見ず「へえ」と興味なさげに返した。黒バラには、男は皆自分の虜になると思っている節がある。ピーターは彼女の承認欲求を満たしてやる気など更々なかった。王は黒バラの言葉に顔を歪める。

「グリフィスが? ……黒バラ、お前もあの娘に接触したのだろう。どうだったのだ、新しい白ウサギは」
「どこにでもいる平凡な娘に見えましたわ。異世界人というのは、もっと特異なものかと思っていましたけれど。良くも悪くも、陛下が気に掛ける要素はありませんわ」

 黒バラは先程出会った少女、を思い出す。が異世界人であり現白ウサギであることは、王の側近の一人である黒バラも既に知っていた。だから親しい兵士や騎士を通じて、ジャックがに目をかけていると聞いた時、何かの間違いだろうと疑いもしなかった。何故なら、彼が異世界人に心を許す筈がないからである。王の命を受け仕方なく異世界人に協力しているのだとしても、心の底では仄暗い恨みを抱えているのだろう……と同情していた。

 しかし実際に二人の様子を目にすれば、聞いていた話以上だった。彼はパーティーのパートナーに彼女を選んだだけではなく、ごく近しい間柄のように親し気に接している。黒バラは、ジャックが他の女と親密にしている所を見かける事自体は初めてではなく、別れた手前それに何かを言うつもりも無い。しかし今回ばかりは別だ。彼女は、異世界人なのだから。

 自分と居た時も、恐らく他の誰と居ても、ジャックの心の中には常に絶対的な誰かが居る。それは彼の過去の光であり今に差す影だ。……彼が命を捧げたハートの女王。黒バラは、何をしてもそれに敵わない事を思い知らされてきた。ジャックの強い忠誠愛と憎しみは誰にも塗り替えられないのだと。
 だからその憎しみを超えて、黒バラの諦めたそれを覆しかねない異世界人の少女が許せない。ジャックが少女との関係を否定しなかったことも、腹が立った。

 気に食わないのはそれだけではない。これまで彼が好んできたのは、もっと滴るように熟れた艶麗な女ばかりだった。しかしあの少女はまだあどけなささえ感じる。どれもこれも特別だと言わんばかりのあの少女が、実に気に食わない!

 カーテンの向こうの二人を睨む黒バラに、王は愉快そうに目を細める。ジャックにをパーティーへ連れてくるよう言ったのは王であるが、彼はそれをわざと黒バラには知らせていない。黒バラの反応を楽しんでいるのだ。
 その辺りの機微に疎いピーターだが、また何かしら王の悪い癖が出たのだろう、と彼の横顔に呆れた目を向ける。王はしばしば“お気に入り”を揶揄って楽しむのだ。

「黒バラ、お前の欠点は私情を挟みがちな所だな。ピーター、お前はどうだ?」
「……彼女のことは、これまで何度も報告してきましたけど」
「聞きたいのはお前の個人的な見解だ。あの娘はお前の目にはどう映る?」
 王の問いに、ピーターは黙った。これまで王がどんなに難解な政治問題を突き付けても、こんなに反応が鈍かったことは無い。長い沈黙の後で、ピーターはポツリと言った。

「……分かりかねます」
「ほう。そうか」
 王は興味深そうにじろじろとピーターを見る。ピーターはそんなに気になるなら自分で確認しに行けばいい、とその視線を鬱陶しく思った。

 王がパーティーにを連れてこさせたのは、彼女を一目確認しておきたかったからに違いない。王は着実にアリスに近付いている彼女に興味を持っているのだ。しかしまた、に深く接触することを避けている。それは彼が、かつて一国を滅ぼす要因にもなった異世界人の影響を恐れているからだ。

 加えて、時間くんの忠告も関係している。ピーターがを不思議の国に連れてきて、役を移譲し、それを王に報告した日。時間くんは時計を介して王に忠告をした。――彼女が自分自身で考え、行動することに意味がある。国家が彼女を動かすべきではない。彼女の好きにさせておけ。それが解決への近道となる――と。

 白ウサギも異世界人も野放しに出来ない存在だが、虚無化対策本部の一員である常盤がを保護することで、彼女の行動を王は把握している。それは常盤が自主的に行っていることではあるが、王の意向にも沿っていた。異世界人が何かしらの問題を起こした時、誰より長くこの世界に居て、深く仕組みを理解している常盤ならば、適切な対処が出来ると考えているのだ。
 ピーターは、常盤が王の意向とは別の理由で、を城に関わらせたくないと思っていることに気付いている。彼は元からあまり城が好きではない。陰謀や駆け引きの渦巻くここに彼女を関わらせたくないのだろう。または、単に彼女の交友関係を広げたくないだけか。

 ――ヘッドセットから、パーティーの準備が整った旨が知らされた。

「陛下。そろそろご準備ください」
「ああ……何ともこういう場は面倒だな」
「あら陛下、まるで元白ウサギ殿みたいなことを仰いますのね」
 肩をグキグキ鳴らす王。こんなことを言っていても、彼が王の役目を軽んじることや放棄することは決して無い。

 ふらりと裏方に立ち寄り、臣下に気安く接していても。どこで何をしていても、彼は王である。王にしかなれない。王として生まれてきた人間だと、誰にも感じさせる男だった。



 *



 パーティーが始まり、小高い所にあった豪奢な椅子に国王が姿を現す。は初めて見る王の姿――ではなく、その隣に立つピーターに目を奪われた。当然といえば当然であるが、彼も普段のようなラフな服装ではなく、薄く柄の入ったシルバーのスーツを着ている。白いシャツに、ジャケットと同色のベストと蝶ネクタイ。華やかでありながら、統一された色が落ち着いた雰囲気にまとめている。いつもの独特な人参カラーファッションとは違う印象だった。

(へえ……)
 じっと見ていると、彼の赤い瞳が自分の方を向いた気がして、はサッと逸らす。国王の挨拶が始まるから逸らしただけだ。

 トランプ王国の王――グレンが立ち上がると、少しの囁き声も、物音さえ消えた。静まり返った会場にその清冽な声が響き渡る。

「親愛なる我が臣民よ、今宵ここに集えたことを嬉しく思う。この度の恐ろしい冬は、勇敢なる戦士達の働きにより過ぎ去った。まずは春の訪れをここに宣言する!」

 グレンが声高らかに言った時、には会場内の温度が上がったように感じられた。人々の心に湧き立つものがあったという、それだけではない。きっと彼の言葉が人々の認識に影響を与え、人々の心が世界に作用したのだ。

 ……勇敢なる戦士達。グレンの言葉だと、先日の異変には雪を降らせる怪物でも居て、戦士達がそれに勝利し雪を止ませたとでもいうように聞こえる。実際はそんなに単純な話ではないのだが、実情を知るはその説明でいいと思った。大勢に知られるには、永白での出来事はあまりに複雑で繊細過ぎる。

 グレンは一息つき、天井を仰いだ。

「――各地で虚無化に果敢に立ち向かう同胞よ。汝らの勇気は、我が国の安寧と繁栄を支える堅固な柱となっている。汝らの戦場での功績は歴史の頁に刻まれるべきものだ。その献身と犠牲に敬意を表し、感謝の念を捧げる」

 静かに目を閉じる王。彼の言葉が重みを帯びた霧のように広がり、その場に厳粛さをもたらした。

 ……犠牲。が実際にヴォイドと相対したのは一度きりで、その時は目の前で誰かが命を落とすことは無かった。しかしあの戦いでも他の戦いでも、犠牲は出ているのだろう。そしてきっと犠牲となった者は、虚無化の特性上、誰の記憶にも残っていない。

 は犠牲者に向ける王の真摯な言葉に胸を打たれた。彼は自分がこれまで出会ってきた誰よりも、この世界の現状に危機感を持っているのではないかと思った。

「苦境の中でこそ、我々は団結する。春の光が示す我が国の未来は明るく、勝利は我らの手にある。愛すべき臣民よ、今こそ共に力を合わせよう! 今宵は我が国の栄光を称え、団結を祝う時なり! さあ、宴を始めよう。春の喜びと誇りを分かち合おうではないか!」

 巻き起こる拍手。会場が熱気に包まれた。


 パーティーは、ジャックが言ったようにカジュアルな雰囲気だった。挨拶回りに駆け回る者も多いが、貴族も兵士も気楽に気ままに楽しんでいる。
 ビュッフェスタイルの食事。中央では楽団の演奏に合わせて踊る人々。隣接されたプレイルームにはビリヤードやチェスが備えられ、ちょっとした談笑を楽しめる喫茶室や喫煙所まであった。

 ジャックが出席者と挨拶を交わしているその隣で、は静かに微笑みながらやり過ごす。所作はジャックや周囲の人々の見よう見真似だ。ジャックが話を終え相手が去ったタイミングで、彼に気になっていたことを訊いてみた。

「ねえ、王さ……国王陛下は、わたしの事を知ってるの?」
「ん? ああ、まあな」
 ジャックは曖昧な返事をした。彼はに関することを逐一王に報告している。ジャックだけでなくピーターも事務的に報告しているが、本人の知らないところで勝手に話をしているというのは何となく後ろめたかったのだ。

「それで国王陛下は、わたしのこと、どうお考えなの?」
「どうって?」
「だから……」
 は、虚無化の問題を重く受け止めているだろうこの国の王が、白ウサギの役目やそれを担う自分にどういう考えや印象を持っているかが気になったのだ。こういうことは王の補佐であるピーターに訊いた方が早いだろうか?
 ……と思っていると、見知った顔が目に入った。永白への旅に同行した騎士、ルイだ。数日前に見たばかりのくすんだ金色の髪に、はもう懐かしさを覚える。スーツ姿の彼も今宵は出席者の一人としてここに居るらしい。近くには他の騎士達も居た。

 ルイはこちらに気付くと、どこか後ろめたそうな顔でやって来る。そして元気のない声でぼそっと挨拶をした。

「こんばんは……」
「ああ。お前、挨拶くらいまともに出来ないのか?」
「すみません、団長。お会いできて嬉しい限りです」
「いや、そうじゃなくてだな。こういう場では、まずは女性を褒めるのがマナーってもんだろ?」
 ぐいっと前に押し出される。ルイはと目が合うとより一層表情を暗くし、俯きながら「素敵な装いですね」と機械が文章を読み上げるみたいに言った。ここまでくると逆に清々しい! とは呆れる。

「ルイさん、どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
「具合が悪いと言って欠席すべきだったかもしれません。先の戦いで何の役にも立てなかった不甲斐ない俺には不相応な場ですから……」
 ルイは永白での戦いで役に立てなかったどころか、敵の駒として操られジャック達の邪魔となってしまったことに気を病んでいるのだ。それだけではなく、危険視し見下してもいた異世界人のが異変解決にしっかり貢献していることも、彼を落ち込ませている原因である。ジャックは「まだ気にしてたのかよ」とデリケートな部下に溜息を吐いた。

「わたしは旅の間、ルイさんには沢山お世話になったので感謝してますけどね。美味しいものでも食べて楽しみましょうよ。折角ですし」
「そうだな。それがいい」
 ジャックは近くの皿から小さな焼き菓子をつまむと、それをポンと上に放り投げて、口でキャッチする。流石にパーティー会場でそれはどうなんだ? という顔のに「この国では、一口サイズの食べ物はこうするのが正式なマナーだぜ?」と言うジャック。

「嘘だあ」と周りを見れば……続々と放り投げ、口で受け止める騎士達。ルイを見ると、彼もまた静かにやって見せた。

「え〜……」
 半分以上疑いつつ、も近くにあったブドウを一粒取り、慎重に放る。「あっ」それはの鼻にぶつかった。コロコロ転がり落ちそうになるそれを、ジャックの手が受け止める。こんなことをしていては、小さな食べ物は一個も食べられ無さそう……とブドウを見つめるに、ジャックが堪え切れず笑った。

「はは、冗談だよ」
「……分かってるよ! だと思ったけど!」
 周囲の共謀者達も小さく笑っている。なんて人達なんだ……と恨めしそうにするの後ろで、ルイも微かに笑った。


 それからも、ジャックの元には代わる代わる様々な人が挨拶に来た。美しいドレスやタキシードを身に纏った貴族、堅苦しいスーツ姿の官僚、他とは一風変わった身なりで流行の先を行くような商人、ジャックと親しげな軍関連者。

 は大抵は、ジャックのプライベートな交友関係者として彼らに向き合った。しかし中にはの正体を知る者も居たのだろう。時には激励を、時には警戒の目を向けられた。

 パーティー慣れしていないはすぐに疲れてしまい「ちょっと外の空気を吸いに行ってくるね」とジャックの返事も待たずその場を離れた。会場の大きな窓はどれも出入り出来るよう開け放たれている。はその内の一つからテラスに出た。

 白い石の床が、室内から漏れ出る光に淡く照らされている。外に広がる庭園では、木々や花々に煌びやかな電飾が施されていた。その光景はこの上ない贅沢品で、ここは恋人達が語らうにピッタリのロマンチックな場所に思える。……現にそういう場であるらしく、少し離れた場所では男女が見つめ合っていた。(――あまり見ないようにしよう)

「なにしてるの」
 突然声を掛けられは心臓を跳ねさせる。振り返ると、先程遠目に見ていたピーターがそこに立っていた。彼の後ろから呼び止めるような甲高い声が聞こえたが、ピーターに冷たく視線で追い払われ、掻き消える。

「こんばんは。わたしはちょっと休憩。今の人、挨拶しなくていいの? ジャックはずっと誰かと話してたけど」
「僕も休憩なんだよ。必要な挨拶はもう済ませた」
 休憩ということは、少しでも静かに過ごしたいだろう。場所を譲った方がいいだろうか? は少し悩んだが、結論を出す前にピーターが隣にやって来て、手すりに背を凭れ一息吐く。邪魔にされるまではここに居よう、と思った。(それにしても……こんな綺麗な夜景に背を向けちゃうなんて勿体ないなあ)

「ねえ、君さ」
「え? なに?」
「さっきは随分楽しそうにしてたね。あんな事があったジャックと仲良くできる君の神経の図太さには、本当に関心するよ」
「あれ。なんか今日はいつにも増して刺々しいね。折角……素敵な格好してるのに。に、似合ってるっていうか、うん」
 わたしは何を言ってるんだろう? は恥ずかしくなりそっぽを向こうとするが、そちらには熱烈な恋人達の姿。逃げ場がない。ピーターは何か言いたげにを見ていた。

『ほら早く! 君もちゃんとドレス姿を褒めてあげなくちゃ! がいじけちゃうよ?』
 
 ……聞き覚えのある声に、は苦い顔をした。時間くんだ。一人一人に語り掛けることの出来る彼が、敢えて自分にも聞こえるように言うところが憎たらしい。は顔を強張らせ、見えない誰かを相手に宙を睨む。ピーターは「ああ、うん……」とをじっと見た後で、

「いつもと違うね」と言った。

 それは事実でしかない。髪を切った人に『切ったね』と言うのと同じ。だが何だかそれがとても彼らしくて、は笑った。

 その時、視界の端の空で何かが光った気がして、は目をやった。見間違いではない。空には稲妻みたいな光の線が走り、バチバチと火花を散らせている。その中心で爆発が起き、何かが飛び出してきた! 現れた物体は青白い光を後ろに噴出しながらこちらに向かってくる。

(ゆ、UFO?)
 それは円盤型の台座にキックボードのようなハンドルが付けられた、見たこともない小型の飛行機だ。SFチックなその乗り物の上に立つ少女を、は知っている。

「えっ……橙!?」

 橙が出てきた空には穴が開き、そこから強い風が吹き荒れた。嵐の如き暴風が庭園の木々を、花々や草を、城を飲み込んでいく。庭園に出されていたテーブルや椅子が宙に放り出された。も飛ばされそうになり必死で何かにしがみ付こうとするが、間に合わない。その手をピーターが掴み、強く引き寄せた。

 ――風がおさまる。パーティー会場は人々の悲鳴とどよめきで満ちていた。

(一体何が起きたの?)
 は薄っすらと目を開け、自分を閉じ込めているその腕越しに庭園を見る。そこには地面に突き刺さったあの謎の乗り物と、尻餅をついているドレス姿の橙。ちょっと転んだみたいな顔で頭を掻いている彼女はとりあえず無事らしく、は安堵した。

「あっ、」
 はハッとしてピーターから離れた。言葉を詰まらせながら何とか「ありがとう」と絞り出す。彼に助けられたことは以前にもあるが、これまでと道理が違うように感じるのは、見慣れないその服装の所為だろうか?
 ピーターは素っ気なく返す。

「別に、君を助けた訳じゃないよ」

(いや、流石にそれは無理があるでしょ)
 というの感想と同じことを、時間くんも言った。

 達に気付いた橙が「久しぶりー!」と元気に手を振る。ぽっかり空いた空の穴はそのままだ。
 
 何やら波乱の予感である。 inserted by FC2 system