Act4.「違反通路」



辺りはやけに静かだった。エースや他の兵士達の奮闘する音は絶え間なく響いていたが、今やそれは一方的なものに変わっていた。敵方は一切の攻撃を止め、全員が一点に集中して動き出したのだ。の座り込んだ方へと。
ジャックが体勢を立て直して急いで彼女の方へ向かおうとするが、負傷した馬の足ではままならない。そして元より彼の側に偏っていた敵軍は、今や全員が彼に背を向け、厚い壁として立ち塞がっていた。

(どういうことだ!あいつらの狙いは俺じゃなくてだったのか!?)
考えてみれば、敵が大きな動きを見せ始めた時期とがこの世界にやってきた時期とは重なっていた。……奴らの狙いは始めから俺でもなければ城でもなく、彼女に向かって破壊活動を繰り返していたとでも言うのか。

!!」
常盤が行く手を阻む敵の壁に連続で発砲する。その音に我に返ったジャックは馬から下り、自分の足でそこを突破すべく走り出す。気味の悪いくらいに、敵の抵抗は薄かった。本当に気味が悪い。”固有の心など元から持ち合わせていない”筈の彼らが今や、何かに心を奪われたように立ち尽くしているのだから。少しずつ見えてくる中心の様子に、ジャックは息を呑んだ。


「……どこかで会ったこと、ある?」
は自分でも理解し難い、血迷ったような言葉を相手に向けた。その相手というのはおぞましい姿をゆらめかせ、の首に爪を伸ばし、今にもその命を奪おうとしている化け物だ。動かない体は恐怖で凍り付いている筈なのに、はもしかするとそうではないのかもしれない、などと思い始めていた。自分が気持ち悪いぐらいに、体と別離した存在になっていくようだった。

は伸ばされたその手に、そっと触れる。何をしているんだわたしは、と自身を叱咤しながらも、その表情は実に穏やかなものだった。先程まで未知の、恐怖の対象でしかなかった彼らが、こうして対面すると……どうしようもなく懐かしく思えたのだ。それには何の根拠も無かったが、彼の伸びた爪がそれ以上進まないのは、お互いに何かを感じているからではないのだろうか。

醜いその手をそっと撫でると、自身の瞳から熱いものが溢れそうになっていることに気が付く。ああ、なんて可哀想。なんて、可哀想。


「ごめんね」(―――いったい何が?)


ズガン、と、その瞬間、

弾丸が世界を追い越していった。

それは大きな銃声を轟かせて、の視界を覆っていた黒い塊を吹き飛ばす。凄まじい威力を放ったその一発に、は覚えがあった。

「あ……」
「君は何をしてるの」
ピーターが自身と同じく白い馬に乗り、街のある方向からそのまま彼の弾丸が作り出した一本の道をやってくる。は力なく、その姿を見上げた。
世界に音と、不穏が戻る。数秒前までの奇妙な静寂の世界は、彼のその一発が終わらせてしまったようだった。怪物は再び、その目を攻撃色に光らせる。は危機感から何とか立ち上がるが、突然二本の足の使い方を忘れてしまったみたいに、すぐにまたフラフラと座り込んでしまう。
その様子を見かねたピーターは、彼女の傍までやってきて馬から下り、その腕を引っ張り上げて立たせた。

「世話かけさせないで」
「うん」
はといえば、まるで夢から醒めたばかりみたいに現実に付いていけない。さっきわたしは何をしていた?あの恐ろしい化け物に話しかけ、あろうことか自分から手を伸ばして触れるだなんて……!本当に血迷ったとしか思えない。恐怖で気でも狂っていたのだろうか。生きている実感が湧かなかった。けれどぞわりと、鳥膚が立っていた。

「早く馬に乗ってくれる?」
「うん」
しかしそれを妨害するように、攻撃の刃が一斉に二人へと向けられた。馬が暴れ出す。ピーターはある程度敵が集中している所に狙いを定め、ライフルを放つ。その長銃は近距離攻撃には向いていなさそうだが、殺傷能力は短銃とは比べ物にならない。しかし一発が非常に重たく、常盤のように続けて何度も撃つことはできないようだった。よって、より有効な一発を選ぶ必要がある。

はその重たい音に思わず身を退いた。

そして、その背にある筈のない壁が当たる。


はそれが一体何ものなのかと振り返る間もなく、その壁が内開きの扉であるということを身を持って知ることになった。ノブを回してもいないのに体重に任せて開いていく扉に、はその中へ倒れ込みそうになる寸前、半ば無意識にピーターの服を掴んでいた。何の構えも出来ていなかった彼は後ろへ引っ張られる。

扉の中に入ったところでピーターが踏みとどまり、そのおかげでもなんとか尻餅をつくことはなかった。

「今、何が……」
がそう口にしたときには既に、そこは外の世界と分離された空間になっていた。さっきまで聞こえていた怪物が地面を引きずる音や、少し遠いところでしていた常盤の発砲音も聞こえない。何も聞こえなければ色も無い、無色無音の空間。


たった一瞬の間に、を取り巻く世界が豹変してしまっていた。(またなの!?)

「なんなの、ここ!!」
中は真っ暗かと思えば、自分の手足や彼の姿も、陰る事なくちゃんと見えている。そこはとても狭い箱の中のようで、腕を伸ばせばすぐ、左右にある硬く冷たい壁に手が触れた。彼の横を潜り抜けて、入ってきたばかりの入り口を探したが……先程通ってきた扉はどこにもない。そこにあるのはただの壁だけだ。
この世界のことなら、この世界の人に訊くしかない。はピーターからなんらかの説明を得ようと、彼が口を開くのを待ったが、彼は黙ったままだった。

「ね、ねえ」
が不安そうに声を掛ける。彼がこの状況に関して何も知らないのであれば、絶望的だ。このままこんな小さな四角の中に閉じ込められて死んでいくなんて、絶対に嫌だ。万が一そんな結末だったとしたら、世界というシステムのバグだとしか思えない。

「―――俗に言う“違反通路”だよ。なんでこんな面倒なことに……」
「“違反通路”?」
この世界の俗なんて知らないよ!なんて言っていられる気分ではなかった。それよりも、通路という言葉に託された希望に縋りたい。は「ちょっと退けて」と、今彼の立っている、先程まで自分の立っていたその場所の先を見た。ああ、確かにここは通路だった。閉ざされた四角形の箱ではなく、進むべき路である。

「違反通路は、突発的に現れる正体不明の通路で、世界の法則に違反したバグ空間のことだよ。ほんとうにどこにでも現れるし、形や大きさもまちまちで、それがどこに通じているのかも分からない。そこが元と同じような環境だとも言えない。三次元かどうかも保障できない」
彼女の考え通り、どうやらこれはバグであるらしい。まるで嘘みたいな話だったが、至極真面目な顔で話すピーターに、は自分の顔が青褪めていくのを感じた。

「共通して言えることは、そのどれもが入り口から出口への一方通行のみ可能だということだよ」
「……つまり、進むしかないってことでしょ」
「そうだね」
(本に食べられるよりはマシ、か?)

ピーターが一本道を歩き始めた。ははぐれようもないのに、彼の背を見失わないよう気をつけて、付いて行く。道はどこまでいっても同じで、代わり映えしない。道中、特に会話は無かった。こんなところに来てしまった原因はにあり、はその事でピーターが怒っているのだろうと思って、敢えて何も言わなかった。けれどようやく出口らしき白い光が見えてきた頃、彼は口を開いた。

「ああ、僕はこの通路に入って、帰って来た人を見たことが無い」
「それ、今言うことじゃないよ」
ようやく何か言ったと思えば、そんなことか。嘘でも、どんなに安っぽい気休めの言葉でも欲しくなってきた頃だというのに。しかし、彼が冷静なのがせめてもの救いだった。

出口にも扉があるのかと思いきや、そこはそのまま四角くくり抜かれているようだった。その先の世界は光が溢れていて、何も見えない。近付けば少しずつ見えていくのだろうと思っていたのだが、そんなことは無く、どれだけ近付いてもそこは白いだけだった。不安が募る。不安しかない。

「……あの、巻き込んで、ごめんなさい」

あと数メートル。それだけ進めば、白い世界だ。その先にあるのが一体何なのか、考えてしまったら恐怖で足が竦んでしまう気がするから、考えない。もう考えない。考えたって仕方が無い。

あと三歩というところで、がもう一度「ごめんなさい」と言うと、「本当にね」とピーターが言った。前言撤回。一番初めに彼に巻き込まれたのは、わたしの方。



白の世界へと、踏み出す。



(Welcomeworld!)世界よ、ようこそ。
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