Act9.「不思議の国ごっこ」



それを遂げれば帰っていいのか、と簡単に言っただったが、それは自信から出た言葉ではなかった。寧ろ、それを成し遂げることは不可能であるという確信があった。罪人とはいえ一人の女の子を捕え死刑に処するという内容は、当然、受け入れがたく荷が重い。
しかしそれ以上に、その責務には度外な規模と重みがある。

白ウサギの役目として課せられたそれは「一つの世界を救う」ということに他ならないのだ。

世界を救うだなんて、物語の勇者や英雄のすることだ。彼らだから、出来ることだ。一般人である自分にそんな大それたことが出来る筈ない、とは思った。自身の出生から今に至るまでの人生は、運命的な何かを予期させるものではなかったし、奇跡の力を感じたことは無く、神の啓示を受けたことも無い。自分は、大多数に埋もれる平凡な一般人の一人でしかないのだ。
だから、考えれば考える程、あまりに規模の大きすぎる話に感覚が麻痺していく。

―――わたしが、この国を救う?なんだか、おかしな話だ。笑える。そしてそれを成し遂げられない場合、わたしはどうなるのか。この国ともども最初から何も無かったみたいに消えてしまうというのか。ああ、そんなのは全く、理不尽じゃないか。

「いや、君は何もしなくてもいずれは帰れる」
「……どうしてですか?」
生死に関わることで欺かれてはたまらない。想定外の言葉に、は彼の真意を見抜こうと眼光を強める。その目には他人を威圧する雰囲気があり、それは少女らしくない、彼女特有の威厳だった。常盤はテーブルに肘をついて、指を組む。

「本来この世界と外の世界を繋ぐにはそれ相応の理由と目的が必要だ。よって、この世界にアリスを捕まえる新しい白ウサギとして呼ばれた君が帰るのに必要な理由は、君が言うようにそれを全うすることに他ならない。だから、今すぐには帰れない。ただ今すぐでなければ―――アリスの忘却が終わるのを待てば、君は帰れる。この国が君を呼んだ目的と共に全て消えてなくなっても、君の世界の君は居なくならないからな」
は、どのような顔をしていいか分からなかった。アリスの忘却を待つ。それは、この世界の終わりを待つ、ということだ。

「もし、そうなった場合……元の世界に戻ったわたしの中からも、この国でのことは全部消えてなくなっちゃうのでしょうか?」
「ああ、そうだ。だから、後ろめたく思うことは無い。君が望むなら、その時が来るのをただ待てば良い。……どっち道、そんなに遠い先の話でもないさ」
「……それで良いんですか?わたしが、役目を放棄しても構わないのですか?」
は常盤の目を見る。落ち着いたダークブラウンのその瞳は、少したりとも揺れることは無い。

「ああ。構わない」
嘘を付いている顔じゃなかった。彼はきっと本当に、心からそう思っている。には到底理解が出来なかった。

「わたしがやらないと、この国は消えてしまうのではないですか?それとも他にもアリスを追っている人がいるとか……」
「アリスを追うのは白ウサギだけだ。それに、この国が消えてしまうとしてもそれは君が気に病むことじゃない」
「でも、」
「君は何も、責任を感じることは無い。誰に何を言われようが、自分の思うようにして良いんだ」
つまり彼は、自身や友人、生まれ育った場所の悲しい行く末よりも、先程会ったばかりの見ず知らずの他人の意思を尊重するというのか。
―――には、信じられなかった。

わたしだったら。わたしが彼の立場ならば縋りついて、または何か弱みを握って脅してでも、助けてもらおうとする。それなのにどうして、彼はわたしにそれを強要しないのだろう。強要どころか、何もせずに終わりを待つ方が良いと言っているようにも聞こえる。わたしに期待を抱けないのは納得できるが、事そのものを受け入れているかのような彼の態度は、それだけでは無いような気がした。

常盤のに対する態度は、どこまでも優しい。にとってその優しさは、初めはただ在り難いものだった。しかし接すれば接するほどに、違和感を感じるようになっていく。彼の優しさは、不自然だ。異常だ。どこか常軌を逸した雰囲気さえ感じる。
疑念に、心がざわついた。頭が、痛い。は己の中に膨らむ無視しきれないそれが表に出る前に、彼から顔を逸らした。その行動が露骨にならないように、そのまま黄櫨に話しかける。

「黄櫨くんは、それでいいの?」
「……常盤が良いって言うんだったら、僕は何も言わないよ」
推し量り難いが、二人の間には力関係が存在するようだった。は自由を許す二人に、逆に苦しさを覚える。そして、恐る恐る次の問いを口にした。

「もしこの国で、……わたしが死んだらどうなりますか」
「滅多な事を言うものじゃない。君自身が消えたら、もう終わりだ。帰るも何も無い。ここにいる君が本物で、実体なのだから」
縁起でもないの問いに、常盤は思わず厳しい口調になる。はそれに気付かないフリで小さく唸って、米神を押しほぐした。

「そう、ですか。では、わたしは好きなようにさせていただきます」
は常盤の言うように、何もせず期限を待つと言っている様だった。黄櫨は目蓋を少しだけ下げて、表情の無い顔でまた本を読む。常盤は少しも落胆の色を浮かべないどころか、ほっとしているよう見えた。はそれに怪訝な顔をせずにいられなかったが、なんとかすぐにそれを引っ込める。そして、はっきりとした口調で言った。

「やれるところまで、やってみたいと思います」

黄櫨が本から顔を上げて、今度は常盤が俯いた。二人の反応は違えど、彼らがからの説明を欲していることに変わりはない。は曖昧な笑みで誤魔化し、整えた言葉を紡ぐ。

「正直お役に立てる自信は無いです。そんな大切な役目を何故わたしが任されるのか、わたしで良いのかも分かりません。何かの間違いかもしれないとも思っています。ですが、きっと……今ここでわたしこうしていることには、意味があると思うんです」
“ならなくちゃいけない”“なりたい筈”……ピーターがそう言っていたように、何らかの見えない力で拒めないような気もしていたが、それは口にすべきことではないように思えた。そもそもそれは口にしようもない、心の奥の、言葉という型でくり抜けない難解なことなのだ。運命が決まっているだなんて思わないけれど、もし少しでもその考え方をしていたならば間違いなく、その言葉で片付けただろう。

「決して簡単な気持ちで引き受けている訳ではありません。ですがわたしはまだ、この国の事を何も知らず、事への理解も浅いので、……そのような者の言葉でしかありません。ですので、常盤さん。よろしければお話の続きを、お願いします」

常盤は浮かない顔で、それでも彼女が望むのなら仕方ないと溜息を吐いた。

「有難うございます。わたし、まずはアリスのことについて、もっと知りたいです」
「……すまないが、それは無理だな。彼女のことについて教えられることは殆どない。彼女のことについてこの国の者が持ち得る情報は、大きく二つだけだ」
そう言って、彼は二本の指を立てる。二つだけの情報。それはきっと重要な手がかりになるに違いない。は一言一句聞き逃すまいと、その指先を凝視した。
彼の言葉と共に、指が一本ずつ折られていく。

一つは、そういう存在が居るということ。
そしてもう一つは、―――今回の企て。

真剣に頷くに、常盤は「それ以外の情報は無い」と言った。は呆然とする。

「アリスは有名人なんですよね?あまりに、情報が少なすぎませんか?」
「有名人というには語弊がある。有名なのは彼女自身の存在ではなく、彼女という概念だ」
存在ではなく、概念のみが周知されている。まさしく神のような存在なのか、とは思った。自分は神と敵対するのか、とも。

「アリス本人はこの国の誰の前にもその姿を現さない。だから、誰も彼女を知らない。今回の事の動機さえ、知る由もない」

人前に出たがらない、恥ずかしがり屋のアリス―――。の頭の中には、小さな女の子が細い金色の髪を垂らして、物陰に隠れているのが浮かんだ。
ダメだダメだ!はその想像を振り払う。あんまり可愛く想像してしまったら、後々大変なのは自分なのだ。脳内のシミュレーションでは、なるべく気持ち悪い……同情の難しいおぞましい姿を想定することにしよう。例えば目が三つあったり、口から腕が出ていたり、そのような化け物であるに違いないのだ。しかし、敵対するならば少女が相手の方が勝ち目はあるように思える。
名状し難い化け物と、深く根付いた少女のアリス像が、の中を入れ代わり立ち代わり巡っていく。掴めない敵の輪郭に瞑想するの思想。その空想の世界を終わらせたのは、黄櫨だった。

「言っておくけど、アリスっていうのは勿論、名前じゃないからね」
そう言った少年の目は何かを探るようで、よそよそしく、冷たい。は黄櫨の態度の変化を気にしながら、機嫌を伺うようにそっと訊いた。

「名前じゃないって、どういうこと?」
アリスアリスと言っておきながら、彼女の名前はアリスではない、とはどういうことだ。
口を挟んでおきながらまたすぐ本に視線を戻した黄櫨を、常盤が呆れたように見た。

「アリスというのは白ウサギや眠りネズミと同じ、この国で生きていく上で誰もが持っている“役”の名前に過ぎない。……ちょうど、今から話そうと思っていたところだったんだ。君もこの世界に居る以上は知っておかなくてはならないことの一つだからな」

誰もが持っているもの。言い換えればそれを持たないものはこの国では存在できない、ということでもあるのだから。
常盤は、そう言った。

は役、という言葉を復唱する。

「役というのはその名の通り、この世界でのそれぞれの役割のことだ。……例えば、君には白ウサギ。白ウサギの役割は、主に外来人の案内だ」
「例えば、アリスを処刑台に案内する、とかですね」
それはとても笑えない、皮肉めいた冗談だった。口にした自身もそれに気付いて、言っちゃった、と後悔する。常盤はそうだな、と苦笑した。黄櫨は頁を捲った。

「他にもそれぞれ、色々な役の様々な役割がある。大抵は料理人や機械技師……職業がそのまま役になっているのが普通だ。役は生まれる前から既に決まっていて、自分では選べない。役は、この世界の“割合”を調整するためのものだとされている。均整のとれた世界のために、上に立つ者とその他大勢の者、そして善人と悪人を、アリスが作ったのだという話だ」

はまた、指先で米神辺りを解す。柔軟に考えよう、柔軟に。今まで培ってきたことは一旦捨てるんだ。

「役は、簡単に言えば個人の存在意義そのものに近い。だからこそ人は皆、様々な形でそれを誰かに証明しようとする。絵描きなら絵を描き続け、踊り子なら死ぬまで踊り続ける、というように。それによって周囲の人々や“世界”は、その個人を認識することが出来るようになる。そして個人が成り立つ、というのがこの世界の仕組みだ。だからこそ、それ相応に資格がない者は“演じ”続けることが不可能となり、自身にも周りにも認識できなくなり、存在していられなくなる」
は、静かに頷きながら聞いている。常盤の話は、の世界にも当てはまるところがあると感じられた。ただ、存在していられなくなるか否かという違いだけではないだろうか。

「君なら気付いているだろうが、この国はアリスの意向によって“ある物語”をベースに組まれている。だからそれに従い、アリスや白ウサギ、眠りネズミなどの役は、この世界の流れに組み込まれている無くてはならない唯一無二の駒で、“世界”という物語を進めるに欠かせない存在であることから、他にはない特別な役割を持っていることが多い」
は、もし自分が元々この国の人間なら、なんの役の元に生まれてきたのだろうと考える。理想を言うなら、冷血なハートの女王様あたりが良い。けれど多分、実際は女学生Aなのだろう。

「そのような役を持つ者は、役割が世界を動かす大きな一因になっている為、他の役よりあらゆる面で優遇されている。例えば、双六でいうなら、他の者より持っている賽が一つ二つ多い位には」
「……それは、ずるいですね」
「ずるいかもしれないが、その分、奇数な人生を歩まざるを得ない者が多いかもしれないな。……結局駒もその他の大多数の役も、本質的なところは同じだということだ。自分に求められている役を、演じ続けることしかできない」
そこまで言って、彼は小さく息を吐いた。は、頭の中で彼の言葉を復唱する。世界、認識、役、役割、駒……。
唯一無二の駒というのは、つまりは限定枠みたいなものなのだろうか。これが人の書いた物語をベースに模られた世界なのだと考えれば、そんな枠が始めから用意されているというのも分かる。ならばやはりこの不思議の国は似せたもので、偽物で、別物なのか。しかしそれよりも、と、は問いかける。ぽつりと、小さく。

「認識されなくなったらどうなるんですか?」
恐い質問だった。何故なら、は自分が白ウサギという役に相応しいとは、とても思えなかったからだ。白くないし赤くもない。急かされるのが好きではないマイペースなこの自分は、明らかに人選ミスだ。

「存在しなくなるんだよ」
そう答えたのは、黄櫨だった。やはりちょっと不満げな、不可解そうな顔で。

「……それは、死ぬってこと?」
さっきから自分の死ばかりを気にしているようだ、とは自嘲する。黄櫨は首を横に振った。

「別に死を暗喩してるんじゃないよ。死ぬときは、“死んだ”と認識されて、死んだ存在として確立され、存在し続けるんだ」
暗喩だなんて、この幼い少年は随分と難しい言葉を使うじゃないか。と、少年の自分への印象の進行方向とは逆に、は黄櫨に好感を抱く。

「じゃあ、存在しなくなるってどういうことなの?」
「存在しなくなるっていうのは、この世界から消えるということだよ。ただの消滅」
「私たちの世界で役を持たないということは、存在意義が無いと同義だからな」
黄櫨の言葉に、常盤が続いた。彼らの言うことは、今までのの常識や世界観を見事に覆してくれる。ただ、理解するのと納得するのでは、また別の話だ。

「意義がないと、存在してはいけないの?」
は無意味だと理解しつつ、別世界の定理に異議を唱える。のその言葉に二人は驚いたようで、まるで今のの言葉が聞き間違いではないかと疑っているかのように、彼女を見つめた。は、居辛さを感じる。穴が開きそうだ。
少し間を置いて常盤が何か言おうとしかけ、やはり口を閉じた。彼女の話し方と視線からして、今の言葉は自分に向けられたものではないだろうと気付いたのだ。そして、黄櫨も応えるように口を開いているから。

「そんな風に、きっと誰も考えたことがなかったと思うよ」
住む場所が違えば、培ってきたものも違うのだ。考え方も感じ方も、わたしや紫の世界とは違うのだ。なら、徹底的に変えてしまえばいいのに、中途半端に姿形が似ているせいで素直に受け入れられない。例えば常盤さんの肌が緑色だったり、黄櫨くんの足が三本あったりしたなら、しっかりとした境界線を引いてしまえるのに。日の光が嫌いそうな肌色をした常盤が、要点を教えてくれた。

「役を所有する条件は、世界に認識されるよう、それらしく振舞うこと。だがその前に本人が認識しなければ何の意味も持たない。認識し、自覚すること。完全に思い込むことだ」
本当に彼らの説明は“認識”だらけであると、は思った。そのワードに聴覚のゲシュタルト崩壊が起きそうだったけれど、聞けば聞くほど分かった気になってきたのも事実だ。つまり。と、は言う。

「かなりハードな、ごっこ遊びみたいなものなのでしょうか」
まるでこの世界は、我侭などこかの誰かの、不思議の国のアリスごっこの舞台だ。上手く演じられないものは、舞台を壊すからいらない。そんな我侭な、几帳面な創始者。神様。

ごっこ遊びだなんて、気を悪くさせる表現だったかもしれない。と、言ってしまった後で心配するだったが、二人は彼女の言葉に妙に納得したような顔をしていた。

「そうだな」と同意した後、常盤は一層真面目な様子でに忠告する。

「ただ、どんなときでも“自分”を失わないことだ」
自分を確立させる為の役に、乗っ取られてしまっては意味が無い。本末転倒である、ということだろう。だからこそ自分に相応しい役を持たなければいけないのだと、はスカートを歪にさせているポケットの中のものに触れた。銀色の手錠。この役が、わたしに相応しいとはどうしても思えない。しかし消滅、という言葉に実感が湧かないはどう恐れて良いのかも分からなかった。

「消滅とは、どのような感じなのでしょうか」
「消滅というのは、言い方を変えるなら受け入れることだ。全てを受け入れてしまえば、当然個人という個対は消える。世界と一体となる」
受け入れること。拒むことをやめること。世界と一体になること。は目を閉じて、一瞬の短い間、それを出来る限り想像してみた。

視界が垂れて、音が沈んで、無が訪れる。

「―――溶け込むような、感じですか」
そのの言葉に、常盤も黄櫨もどう返事をしていいのか分からなかった。も自分が声に出して何かを言ったという自覚が無く、返事なんて求めてはいなかったのだけれど。

……消滅。受け入れる。一体となる。何故か、懐かしい気がした。こういうのをデジャヴ、というのだろうか。恐くなかったのは、知っているような気がしたから、だろうか。



「今話せるのは、このくらいだな。何か、他に訊いておきたい事はあるか?」
「……これで、終わりなんですか?」
「悪いが、この世界と君の世界の違うところを全部話していたら、時間がいくらあっても足りないからな。気になることがあったらその時にまた訊いてくれ」

“君の世界”という言葉に、は僅かに表情を硬くする。

「では、……わたしの世界と同じところを教えてくださいませんか?」
はしまった、と思った。口から出た言葉が、思った以上に強い調子だったからだ。彼の話を聞いていると、上手くはぐらかされている様な、騙されている様な感覚になり、積もった不信感がこのような形で出てきてしまったのだ。
訪れたばかりの異郷で、こんなに都合良く優しい人に出会えたのに、その人に嫌われたらこれからどうすればいいんだ。

「この世界も君の世界も、根本的なところは変わらないさ」
しかし、当の常盤はこれといって気にした様子もなく、何事も無かったかのようにそう言った。は気を落ち着かせる為か、ほとんど無意識に黄櫨の余ったカーディガンの裾に触れた。すると小さく幼い少年は、やはり歳に似合わない器用な顔で困っていた。

「……そうですか。色々教えて下さって、有難う御座いました」
の声の調子はもう、穏やかで柔らかかった。黄櫨はその顔を、見上げる。他人行儀な即席の、浅い笑顔を。

静かな空白が天井から降りてきたようだった。どうやら、本当にこれで終わるらしい。だが、は息を吐くどころか、逆に焦り始めていた。
遂にこの時が来てしまったのだ。彼が話を終えてしまっては、もうわたしがここに居られる理由がなくなってしまう。訊きたいこと?気になること?なんて、愚問も愚問!訊きたいことだらけで、一体何を訊いたらいいのか分からなくなってしまっているのに。しかし例えどんな質問をいくらしたって、いつまでも引き伸ばせる訳じゃない。何故「有難うござい“ました”」なんて言ってしまったのだろう。それに続くのは“では、”くらいじゃないか!では、何だというんだ!

「わたしは、これからどうすれば良いのでしょう」
遠慮がちに不安を漏らすに、常盤が助言する。

「君がアリスを捕まえると言うのなら、協力者が多いに越したことはない。この世界はこう見えて割と危険だからな」
割とではない、とは思った。この世界が危険なのは既に身をもって知っており、協力者がいないと話が滞ってしまうのも分かっている。どんな物語でも、RPGだって、パーティーを組んでこその冒険なのだ。まさか自分にそのお約束が適用される日が来るなんて、思ってもみなかったが。
しかし今、が聞きたいのはそんなことではない。彼女が聞きたいのは、そんな遠いこれからの事ではなく、もっと、本当に近いこれからの事だった。今現在、数分後に、どうしたらいいのかということだ。しかしその議題は、自分から切り出すにしてはあまりに厚かましいように思えて、は言い出せない。“どうしたら良いか”とは。それはつまり、“どうにかして欲しい”ということなのだから。だから、今の一言が、なりの精一杯の懇願だったのだ。
黙っているに、常盤がどうかしたのかと声を掛けようとしたが、黄櫨の方が早かった。

「常盤は、君をこのまま放っておいたりはしないよ」
何のことは無いように自分の言いたかったことを察してくれたこの少年に、は本当に、感心した。彼からすれば、常盤が鈍くて無神経だというのも仕方の無い話なのかもしれない。殆どの人はそうなるだろう。

「ああ、そうだ。そんな心配はしなくてもいい。この家なら私と黄櫨の二人しか居ないから、気兼ねなく好きに使ってくれ」
まるでそんなのは気に留める必要も無いことだとでも、いうような口ぶりだった。どうして、だろう。なんで、


「私は最後まで、君に付き合う」


こんなにも、


「……ありがとうございます」



優しくしてくれるの?



「……そういえば、わたしに役を譲り渡しちゃったあの人は消えてしまわないんですか?」
「ピーターのことか。あいつは少し特別だからな。ただの白いウサギにでもなるんじゃないか?」
役だとか消滅だとかは、そんなに軽い話だったっけ?そして、何がどういう風に特別だというのだろうか。特別だから大丈夫なのだろうか。大丈夫な特別なんだろうか。ああ、全てが難解だ。なのに、わたしは、少しずつ理解し始めているのだ。 inserted by FC2 system