Act9.「不思議の国ごっこ」



 白ウサギの役目はアリスを捕え、処刑台送りにすることだという。は自分に課せられたものの大きさに当惑した。
 アリスによって消滅の危機にある不思議の国。そこに住む当事者たちにとっては深刻な問題だろうが、正直には他人事である――いや、そうではないのかもしれない。は嫌な考えに行き当たってしまった。

「アリスを捕まえることができなければ……」
 自分はどうなってしまうのか、とは訊き難かった。保身ばかり考えていると思われたくなかったからだ。だが常盤には充分伝わってしまったらしい。

「大丈夫だ、君が心配することはない。この世界は消えてしまうかもしれないが、君は消えない」
「……どうしてですか?」
 納得していない顔のに、常盤はテーブルの上に視線を落とし考え込む様子を見せた。そして慎重に口を開く。

「君は白ウサギとしての役目を果たすために、この世界に連れて来られた。それがこの世界が君に課した存在理由だ。世界が消えてしまえばそれも解消される。その時、白ウサギとしての君は消えて、あるべき世界の君に戻るだけだ」
 まるで決まったルールだというように、常盤は淡々と説明した。世界の消滅など過去に例がある訳でもないだろう。何故そんなことが分かるのだろうか?
「それは可能性の話ですか?」とが問えば「世界の仕組みの話だ」と返ってくる。視線の合わない彼は、単に思想に集中しているのかもしれないが、は言葉に出来ない引っ掛かりを感じた。

「でもピーターさんは、わたしがアリスを捕まえないと帰れないって……」
「あいつの言い分はよく分からないが……この世界において役目は“枷”だ。君を縛り付ける枷が無くなれば、いずれにしても帰れるんだろう」
(つまり、どっちにしても帰れるってこと?)
 は腑に落ちない顔をする。

「白ウサギの役目について君が重く受け止める必要はない。この世界が消滅した時、君の中からここでの記憶は消えている筈だ。全て無かったことになる。だから何も後ろめたく思うことは無い」
 がこの世界を救えなくても、罪悪感を抱くことはないと言う常盤。はそれが彼の本心なのか疑問に思った。しかし彼は今度は真正面からと目を合わせており、その深緑色の瞳には少しの揺れも見当たらない。

 こんな小娘に期待せずとも、他にもっと有力な救世主が居るのだろうか。

「もしかしてわたし以外にも、アリスを追っている人は居るんですか?」
「居ないことはないが、アリスを追う者として白ウサギ以上に適した存在は居ない。白ウサギは君だけだ」

 ……理屈はさておき、そういうことらしい。

「白ウサギであることが重要なら、わたしが誰かに役を譲ったりはできないんですか?もっと適している人なんて、いくらでも居ると思うのですが」
「役を譲るというのは、そんなに簡単な話ではない。最も適性のある者に役は紐付く。ピーターがどうやって君を見つけ出したかは分からないが……あいつより君に適性があったから、君が白ウサギになったんだ。今この世界で君以上に適性がある者は居ない」
 適性があると言われても、にはピンとこなかった。(なんで? どうしてわたしが?)

「適性があるからと言って、君に責任はない。白ウサギの役目は難しく危険もあるだろう。無理はしなくていい」
 ……ここまで言われると、逆に怪しい。するなするなと言って、こちらが挙手したらどーぞ! というノリだろうか。しかしとてもそうは見えない。

(わたしだったら。わたしが彼らの立場だったら、どうするだろう?)
 異世界から所謂救世主が現れたら。勝手に期待して鼓舞して、協力は惜しまないが、きっと逃げることは許さない。諦めることは許さない。自分たちが助かることを第一に考える。助からなかった場合にも責める対象が出来て良かったと思うかもしれない。ヒーローという聞こえの良い言葉で縛り生贄にするだろう。は他力本願な自分が嫌になった。

 しかし常盤は、に諦めを促すようなことを言う。無力な小娘に期待を抱けないのは理解できるが……どうにもそれだけではない気がした。は自分に対する常盤の態度に違和感を覚え始めている。最初はただ親切なだけかと思っていたが――彼の瞳の奥に見え隠れする、妙な熱。常盤の優しさには常軌を逸した雰囲気さえ感じる。

 心がざわついた。頭が、痛い。
 何か、見てはいけないものを見てしまったような、触れてはいけないものに触れてしまったような、そんな気がして――は逃れるように隣の黄櫨に視線を移した。

 黄櫨は黙ったまま、先程からずっと同じ態勢で本に目を落としている。横一直線の前髪でその目は隠れていて、寝ているのか起きているのか分からなかったが、多分起きているのだろう。彼は眠らない眠りネズミなのだから。その丸い耳はの視線にくすぐったそうにピクリとしたが、小さな口は閉ざされていて、を鼓舞することも責めることもない。

 は考える。一体自分に何ができるのだろうか、と。

 折角不思議の国に来ることが出来て、物語の主人公みたいな立場になったというのに、実際そうなってみると色々と悩ましいものである。悩んでしまうのは、自分が主人公たる要素に恵まれていないからだろうか。物語の展開にあるべき危機を乗り越える力も機転も、まるで備わっている自信がない。

 アリスを捕まえることは、この世界を救うこと。世界を救うだなんて物語の勇者のすることだ。彼らだから出来ることなのだ。自分にそんな大それたことが出来る筈がない。自身の出生から今に至るまでの人生は、いくら望んでも運命的な何かを予感させるものではなかったし、奇跡の力を感じたことは無く、神の啓示を受けたことも無い。つい先程トランプ兵によって死に掛けたばかりの自分が、世界の創造主などという途方もない存在に立ち向かった場合、どうなってしまうのだろう。

「もしこの世界で、わたしが死んだらどうなりますか?」
 の問いに、常盤は顔色を変える。

「滅多な事を言うものじゃない。この世界で君自身が失われることがあれば、それきりだ。もう元の世界に帰ることもできない。……忘れないでくれ。ここにいる君こそが本物で、実体なんだ。だから極力、危険なことはすべきじゃない」
 二度と言わないでくれ。と、常盤は厳しい口調で叱るように言った。は彼の反応に驚いて小さくなる。それから、ああやっぱりそうだよなぁ、と気持ちが沈んだ。

 危険のある白ウサギの役目。リスクの無い放棄。自分が進むべき道はどちらか。

「わたしは……ごめんなさい」

 おずおず謝罪を口にした。それに対し常盤は、落胆するどころか安堵して見えた。黄櫨はやはり微動だにしない。……しかしは、今度ははっきりとした口調で続けた。

「心配して下さっているところ申し訳ないのですが、それがわたしの役目だというなら、やります。力を尽くします」
 の言葉に、黄櫨の耳が雨粒でも当たったみたいに跳ね、円い目は更に丸くなって彼女を見上げた。常盤は表情を曇らせ俯く。二人の反応は違えど、彼らがからの説明を欲していることに変わりはない。は言葉を整え丁寧に紡ぐ。

「正直、お役に立てる自信は無いです。そんな大切な役目をどうしてわたしが任されるのか、わたしで良いのかも分かりません。何かの間違いかもしれないとも思ってます。でもきっと……今ここでこうしている事には、何か意味があると思うんです」

 その言葉は本心だったが、全てという訳でもない。
 が白ウサギになる理由を、ピーターは『ならなくちゃいけないからだよ』と言っていた。その言葉通り……は何らかの目に見えない強大な力で、拒めないのだ。運命が決まっているとは思わないが、もし少しでもそれを信じていたならば、間違いなくその二文字で片付けただろう。

「まだ分からないことだらけで、何が出来るか分かりませんが……まずはそこを考えるところから始めさせてください。そのためにも、この世界のことを引き続き教えていただけると嬉しいです」
 丁寧に頭を下げるに、常盤はどこか憂いを帯びた表情で溜息を吐いた。

「……ああ、分かった。それが君の望みなら」
「有難うございます」
 は客観的に見て、今の自分は綺麗ごとばかりの偽善者に見えるに違いないとウンザリした。

「ええと、では早速。訊きたいことは沢山ありますが……まずはアリスのことについて、できるだけ詳しく知りたいです」
「すまないが、アリスについて教えられることはあまり無い。分っている事は殆ど話してしまった」
 常盤にそう言われて、は先程聞いたアリスの情報をまとめる。

 アリスという存在は、強大な力を持つ世界の創造主だということ。世界を形成する裏の世界、バックグラウンドにアクセスでき、手を加えることのできる権限を持っているということ。アリスはこの世界を消し去ろうとしていること。

 ……いくらなんでも、他にもっとないのだろうか?

「あまりに情報が少なすぎませんか?」
「仕方がないんだ。アリスは人前に姿を現さない。どんな人物なのか、今回のことの動機さえ、私達には知る由もない」
「確か年齢も分からないんでしたよね……アリスという名前なら、女性ではあるんですよね?」

 人前に姿を現さない、謎の人物。可憐で儚げな少女だろうか。それとも、強大な力を好き勝手に振るう高慢な女性だろうか。もしも人間ではなく異種族の、同情や共感の対象になり得ない程おぞましい姿の化け物であったなら、敵対する上で気が楽だろうか。例えば目が三つあったり、口から腕が出ていたり、腕が大鎌だったり……敵対するならば、少女の方が勝ち目はあるな。

 名状し難い化け物と、世間一般に根付いた少女アリス像が、の中を入れ替わり立ち替わり巡っていく。そんなの迷走を終わらせたのは黄櫨だった。

「言っておくけど、アリスっていうのは勿論、名前じゃないからね」
「名前じゃないってどういうこと?」
 の問いに、常盤が答える。

「アリスもまた、白ウサギや眠りネズミと同様に個人の名前ではない。この世界で生きていく以上、誰もが持たざるを得ない役割の名称……“ロールネーム”というものだ。ちょうど説明しようと思っていた。君もこの世界に居る以上は、知っておかなくてはならないことの一つだからな」

 ろーるねーむ。と、は唇だけでそっと復唱する。耳にも口にも慣れない言葉だ。この世界は本当に独特なルールが多い。

「ロールネームというのは、この世界での各々の役割を示す名前のことだ。商人、医師、機械技師……職業がそのままロールネームになっていることが多い。ロールネームは生まれた時から既に決まっていて、自分では選べない。世界のバランスを調整するために割り振られるものだからだ」

 は初めて、自分の世界のありがた味を感じた。不自由でつまらない世界だと思っていたが、少なくともこの世界より、人生の自由度は高かったらしい。職業選択の自由が認められない世界で、決められたことをして生きていかなければならないなんて、絶対に嫌だ。……いや、もしかするとその方が社会全体の生産性や幸福度自身がるのだろうか?

「ロールネームで示された役割は、個人の存在意義そのものだ。人々は役割に忠実に生きることで存在意義を証明し、自己認識と他者認識を得る必要がある。……認識がこの世界を成り立たせているという話は先程したな」
「はい。認識を得られなかったらどうなるんですか?」
「程度によるが……最悪の場合は、個人は消滅してロールネームと命を世界に返還することになる。そしてまた、新たな命がロールネームを得る。その繰り返しだ」

 常盤が語る内容はやはり遠い異世界の話で、恐ろしいのに恐怖を感じない。だがは、自分の世界にもそのような節はあるかもしれないと思った。自意識と他人からの承認。どちらも自分を成り立たせる重要なもので、人々はそれを高めようと、得ようと、躍起になっている。それが無くなった時、物理的に消えるかそうでないかの違いだけかもしれない。

 意義がなくては存在を許されないというこの世界は、なんて潔癖で理想主義なのだろう。

「ただ、白ウサギや眠りネズミは、他のロールネームとは性質が違う」
「確かに、職業とは違いますよね」
「ああ。この世界はアリスの意向により異世界の“ある物語”をベースに創られていて、これらの名前はその物語のキャラクターから取って付けられている。“アリスネーム”という、複数人が同時に持つことが許されない唯一無二の名前だ。職業と違って、おかしな名前が多いから分かりやすいだろう」

 はハッとした。……常盤は知っているのだ。『不思議の国のアリス』の物語と、それが異世界のものであるということを。そしてその物語をアリスが選んだのであれば……

「元となる物語は『不思議の国のアリス』ですよね? わたしの世界では有名な作品です。でも、もしその物語がこの世界のベースになっているなら、」
 アリスは自分と同じ世界の人間なのではないか、と口にしかけたを、常盤が遮る。

「いや……物語は異世界人の伝承から生まれることも多いと聞く。複数の世界に似た話が広まっていても、おかしくはない。君とアリスの世界が必ずしも同じとは限らないだろう」
 不自然な早口で、不確かなことをやけにハッキリ言う常盤には、まるで説得力がない。はモヤモヤするもののそれも優しさなのだろうかと理解に努める。これから敵として相対する相手が同郷だと、下手に同情して辛い思いをすると思ったのだろうか。

「話を戻すが……アリスネームを持つ者を“キャラクター”と呼ぶ。キャラクターの役割は職業とは違い曖昧で、各々の解釈によるところが大きいが、共通するのは“物語の進行役”だということだ。世界にとって重要な駒であるが故に、アリスには及ばないにしても強い力を持っている。何かの才に秀でていたり、特異な能力を持っていることも多い。個人差はあるが、アリスネームを持たない者と比べると、予め持っている賽が二つ三つ多いくらいには違う。白ウサギの役を得た君もいずれ実感する筈だ」

 常盤の言葉に、はソワソワするのをどうにか隠した。不謹慎だろうが、自分に何か不思議な力が備わったのだとしたら、それはなんて素敵なのだろう。……実感は今のところゼロだが。
 唯一無二の役名、アリスネーム。それを持つ特別なキャラクター。キャラクターとそれ以外を分けるものは一体何なのか。

「アリスネーム……を持たない人達は、なんて呼ばれてるんですか?」
 覚えたばかりの言葉はむず痒かった。の問いに常盤は「特に名称はない。キャラクターが特殊なだけで、アリスネームを持たない者が大多数だ」と答える。しかし黄櫨が、ぽつりと言った。

「一般人は“モブ”と呼ばれてるよ」
「……黄櫨、」
 常盤が窘めるように名を呼ぶ。それはあまり良い言葉ではないのだろう。黄櫨は少し決まりが悪そうな顔をして、また手元の活字に逃げた。

「ただの俗称だ。口にするのは好ましくない。特にキャラクターの立場ではな」

 モブという言葉がの世界と同じものを指すなら、それは“その他大勢の名もなき群衆”。無個性で影の薄い人物に対する蔑称として使われることもある言葉だ。この世界でもそれは遠からず……なのだろう。

「知っておけて良かったです。黄櫨くん、ありがとう」
 黄櫨が小さくコクリとした。常盤は話し疲れたのか、手元の冷め切った紅茶を一口飲んで、息をつく。もそれに倣いココアに口を付けた。

 は頭の中で話を整理する。世界、認識、ロールネーム……。ここは『不思議の国のアリス』をベースに作られた世界で、ごっこ遊びじみた役割が用意されている。――そう。この世界は、我侭などこかの誰かの、不思議の国のアリスごっこの舞台だ。上手く演じられない者は舞台を壊すからいらない。そんな我侭な、完璧主義の創始者が、神様。アリス様。ごっこ遊びである以上、この不思議の国は偽物で別物なのだろう。だからコミカルでなくてもシビアでも、仕方ない。

「そういえば、自分のロールネームを証明できなくなると、消滅してしまうんですよね? わたしがもし白ウサギの役を放棄したら、わたしも消えてしまったのではないですか?」
「元から君に、役目自体を放棄させる気は無かった」
 常盤の返答に、は「えっ」と思わず声を上げる。あそこまで無理しなくていい、危険なことはしなくていいと言っておきながら、放棄させる気がなかったとはどういうことだろうか。

「無理はしなくていいと言ったが、君がこの世界で自身を維持するには、最低限白ウサギらしく居なければならない。そのためにアリスを追う必要はある。重要なのは君自身が白ウサギの役割をどう解釈して、自己認識するかだ」
 思えば彼は“何もしなくていい”とは言っていない。責任はない、無理はしなくていい、“極力”危険なことはすべきじゃないという言い方をしていた。は一瞬、常盤に意志を試されたのかもしれないと思ったが、その考えはすぐに消える。彼が自分にそのようなことはしないと、何故か心の深い所で理解できていた。

 もし諦めることを選んでいたら、きっと“最低限”の白ウサギとして、アリスを追うことになったのだろう。そちらの方が安全で穏やかな道だったに違いないが、は選ばなかった自分が嬉しかった。

「あっ、」
「どうした?」
「いえ、わたしに白ウサギの役を渡したピーターさんは、無事なのかなと思いまして」
「ああ。あいつは問題ない。アリスネーム以外に通常のロールネームを持っていれば、キャラクターで無くなっても消えることはないからな」
「はあ……」
 どうやらピーターには、白ウサギ以外にも名前があるようだ。が苗字と名前を名乗った時、ピーターは『二つも名前があるなんて面倒』と言っていたが、彼の方がよっぽどである。

「なんだか複雑な世界ですね」
「見せかけだけはな。一番重要なことは、どんな時でも自分を失わないことだ。これだけは忘れてはいけない」
 常盤は言い聞かせるように、そう言った。彼の真剣な眼差しには懇願に似た色がある。はただ「はい」と頷くしかできない。
 自分が何者かを忘れてはいけない。役を忘れても、役に乗っ取られて自分を忘れても、きっと駄目なのだろう。

 パタン。黄櫨が唐突に本を閉じ、小さく伸びをした。

「もう、だいぶ話してるよ。そろそろおしまいにしたら? も疲れてるでしょ」
「ああ、そうだな」
 黄櫨の言葉に常盤も同意する。黄櫨の言動で、立ち込めていた説明ムードが霧散してしまった。はどうしようと焦る。確かに疲れてはいたが、それでもまだ聞き足りない。それに……話を終えてしまっては、もうここに自分が居られる理由がなくなってしまう。今後もなにも今夜の寝床さえないのだ。

「わたしは、これからどうすればいいのでしょう……」
 遠慮がちに不安を漏らすに、常盤が助言する。

「まずはこの世界の基礎知識を身に着けるべきだな。それから、アリスが関連していそうな異変を調べて当たっていくのがいい」
 なるほど、それはそうだ。でもそうじゃない。が聞きたいのは、もっと本当にごく近い“今これから”の事なのだ。しかしそれを口にするのは厚かましすぎて憚られた。どうしたらいいかとはつまり、どうにかして欲しいということなのだから。

 黙っているを、常盤が不思議そうに見ている。そんな二人を見かねたように黄櫨が口を挟んだ。

「常盤は、君をこのまま放っておいたりはしないよ」
 察しの良い少年に、は見透かされた恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。

「ああ、勿論だ。そんな心配はしなくていい。この家なら私と黄櫨の二人しか居ないから、気兼ねなく好きに使ってくれ」
 常盤は最初からそのつもりだったと言わんばかりに、当然の如くを受け入れる。は安堵しつつ、彼の正体不明の優しさに心をざわつかせた。向き合ってはいけないと、また警鐘が鳴る。

「君が望むなら、私は最後まで君に付き合おう」
「……ありがとうございます」

 どうして、だろう。なんで、

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