Act19.「奇跡の後で」



『あおいバラなんて、ぼくはずっと、ないとおもってたよ』
『ふふ。ないものもね、ここにはあるのよ。ねえ、きれいでしょ』
『うん、とっても、きれいだね』
『よかったわ。あなた、ようやくわらってくれた。さっきからずっと、かなしそうだったからしんぱいしてたの』
『しんぱいしてくれて……ごめんね』
『なあに、そのいいかた、なんかへんだわ。そこはね、ありがとうっていうのよ』

『……あり、がとう』
『どういたしまして』

『ねえねえ、あなたが、もしまたかなしくなったなら、このバラをみにくるといいわよ。わたし、おまじないしたもの』
『おまじない?』
『そうよ。あなたのかなしみを、このバラがぜんぶすいとってくれますように、って』

だからもう ひとりでなんて なかないで



*



変な夢を見た。どこが変なのかというと、見たというよりも見せられた感じがしたのだ。
は喉や鼻に詰まる薔薇の匂いに咽こんで、苦しげに寝返りを打ちながら、目を覚ます。そしてすぐ目の前に人の姿があるのに気付き、心臓を跳ねさせた。そこにいたのは、常盤だった。ベッドの横にある椅子に腰掛けて、腕を組みながら……眠っているのだろうか。
は布団を深くかぶって、そんな彼を見つめた。どうしてわたしがこんなに身体中痛くて、こんなに強い花の香りを纏わせているのかは覚えていたけれど……あれからどうなったのだろうか。この家の造りや家具に刻まれたスペードの紋章で、ここがまだジャックの屋敷だということは分かるが―――彼本人は、どうしているのだろう。
ただ、なんとなく分かっているのは、目の前の彼は本気で自分を心配してくれて、わたしが眠っている間中付いていてくれたのだろうということ。

……でもやっぱり、黄櫨くんが言っていたみたいに、無神経なのかもなあ。年頃の娘が恋人でもない異性に寝顔を晒すなんて、恥ずかしいったらありゃしない。

は少し照れくさそうに、くすりと笑った。もう彼がどんな理由で、何を知った上でわたしに優しくしてくれるのかなんてどうでもいい。黄櫨くんの言ったとおり、彼だけがわたしのことを本気で大切に思ってくれているのだから。常盤さんの言動は時々不可解だったけれど、そのどれもが、一度だってわたしのことを思ってくれなかったことは無い。違うか?。違わない、だろう。

「……?」
それから少しも経たない内に、常盤はの気配を察して目を覚ました。はゆっくり、体を起こそうとする。体の痛みは思った程酷くない。しかし、腕の関節が身体を支えきれずにカクン、と折れる。そんなをいくらか余裕を持って常盤が支えた。まるで抱きしめられているかのようなその体勢に、流石にまずいんじゃないかとは冷や冷やしていたのだが、それが本当に抱きしめられているのだと気付くのにそう時間は要らなかった。

(ななな、何!?)
は慌ててその腕から逃れようとしたが、彼の肩が僅かに震えていることに気が付いて、動きを止める。どうかしたのだろうか。常盤さんもどこか痛いのだろうか。が弱弱しく彼の名を呼ぶと、彼は小さな声で返事をした。

「どうか、したんですか?」
「……怖かったんだ。君に手が届かない間中ずっと。君が眠っている間中、ずっと」
「なにが、怖かったんですか?」
「君が居なくなってしまうことが、怖かった」
ぎゅっと、もっと強い力で、抱えられるように抱きしめられる。その言葉と、伝わる体温に、は顔が火照ってしょうがない。
……全く、なんでこの人はそんなにわたしが大事なのか。まるで子を想う親のようだ。親?親なのこの人?わたしの親?実は親??………なんて、ね。
はそっと、彼の背に手を回した。こんなに優しい気持ちになったのは、いつぶりだろうか。……その時だった。トントンというノックの音とほぼ同時に、ガチャリとドアを開けてそのウサギ男が入ってきたのは。

何か言いかけながら部屋に一歩足を踏み入れた彼は、部屋の中の状況を見るなり、一言「お邪魔しました」と言って開けたばかりのドアを閉めていってしまう。

「………、」
何ともいえない、気まずさだ。と常盤はピーターが開けて即座に閉めていったドアを、呆然と見つめる。
全く、……もう!もう!

(ノックしたんだったら返事ぐらい待ちなさいよ!あああああもうう!)



*



は一人、ベッドの上で膝を抱えていた。不思議なことに、体はミシミシと怪我の余韻を訴えているが、傷はどこにもなかった。あの後、暫く続いていた気まずい空気の中で初めてそれに気が付いた時は、まさかもう何ヶ月も眠っていて怪我が完治したのではないかと思ったが、そうではないようだ。眠っていたのは、丸一日と少しだけ。本当に良かった。
常盤によれば、青薔薇という花は一歩闇から出てしまえば存在していないに等しいものだから、その痕跡も光を浴びれば消える。と、いうことらしい。だがしかし、存在していないという割には痛みや疲労は確かに残っている。彼には頷いたけれど、やはり納得がいかなかった。何一つ納得なんていかない、この世界だけれど。

ゆっくり休みなさい、と常盤が気を使って部屋を出て行ってしまってからは、本当に静かだった。彼がこの部屋を出る前にジャックのことを訊こうとしたのだが、その名前を口にした途端「気にしなくていい」とのことで、何も教えてはもらえなかった。ピーターがこの部屋に入ってきた時言いかけた言葉の中に、ジャックの名前があったような気がしたけれど……彼も、目覚めたのだろうか?何故だかとても、彼と話がしたかった。何か区切りをつけて、さっぱりとした気分になってしまいたかったのだろう。けれど、常盤やピーターに言っても、会わせてもらえるかどうか分からない。正直一人で会いに行くのは少し気が引けたが、何度ベッドの中で目を閉じてもたっぷり寝た後ではもう一度眠りにつくことなどできず、起きていれば延々とそんなことばかり考えてしまい、いい加減うんざりして、気が付けばは部屋を抜け出していた。

きっとジャックはこの屋敷のどこかに居る筈だ。こんなに大きな屋敷の中でその一部屋を見つけるなんて至難の極みだが、確か迷路では左手を壁にくっつけて歩けば、いつかはゴールまで辿り付けた筈。うん、地道にいこう。

と、思っていたのに、存外早くその一室は見つかってしまう。の部屋からは随分遠くに位置していたものの、その部屋の中から聞こえる言い争いが、ここに誰が居るのかを教えてくれた。常盤が病人を相手にしているとは思えない声で乱暴なことを言い、時々ピーターがそれを嗜める。耳を澄ませば、僅かに相槌を打つような三人目の声も聞こえた。すぐ隣の部屋が空いていたのでそこに身を忍ばせ、は壁に耳をくっつける。重要な部分を過ぎてしまったのか、話の内容は全く掴めなかったが、険悪な雰囲気だ。やがて常盤とピーターの二人がその部屋から出てくる。はじっと、二人の足音が遠ざかるのを待った。が、どちらかの足音が、の居る部屋の扉の前でピタリと止まった。

何か悪いことでもしているみたいに、心臓が早鐘を打つ。

『ピーター、何してるんだ。行くぞ』
『……ああ、うん』

ようやく、扉の前から気配と共に足音が遠ざかっていった。はほっと、安堵の息を吐く。……今のはピーターの方だったのか。彼はわたしの存在に気付いていたのかもしれない。油断、できないなあ。

は完全に二人の気配が感じられなくなるのを待ち、そっと部屋から出た。そして、隣の部屋をノックする。少しの間を空けて、中から低い声で「誰だ」と問われる。わたしは答えることなく、そのドアを開けた。

(返事を待ってる分、わたしの方が良識あるよね。多分)

ジャックは具合の悪そうな顔で気力無さ気に窓の外を見ていたが、マナーのなっていない来訪者の方を見て、ぎょっとしたように目を見開いた。驚きと、それと、なんだかよく分からない色々な感情が、その瞳には浮かんでいる。は思っていたよりも病人らしい彼に「どうも」と一言言って、ベッドから少し離れた場所にあるソファに、彼の方を向きながら座った。

「……何しに、来たんだ」
「何って、……お見舞い?」
まあ人のこと見舞ってられる立場じゃないんだけどねアハハ。と、が笑ってみせる。それに幾分毒気を抜かれ、けれども訝るように、ジャックは彼女を見ていた。その視線に気付いて、が笑うのをやめる。

「本当は、一言、謝りに来たんだ」
ジャックが思わず、「は?」と間の抜けた声を出した。それもそうだろう。自分が殺そうとした少女に、謝ってもらう覚えなどないのだから。

「謝られに来たんじゃないのか、お前は」
「わたしに謝りたいの?」
ジャックが言葉に詰まったように視線を逸らす。はそんな彼の様子に驚いていた。謝る気など更々無いと、言われると思っていた。その他にも、もっと酷いことを言われると思っていた。部屋に入った瞬間に追い出される覚悟さえしていたのだ。

ジャックはジャックで、どうしていいか分からずにいた。意識が戻った時、眩暈と吐き気の中で真っ先に思い出したのは、自分を闇の中から光へ連れ出そうとする少女の姿だった。その時の記憶は意識が朦朧としていた所為か曖昧で、多少ぶれてはいたのだが、先程ピーターと常盤から聞いた話によれば、自分を助けたのはやはりこの少女なのだという。ジャックはちらり、とを見る。

(何故彼女は俺に殺されかけ、そして復讐まで仕掛けておきながら、結局俺を助けたんだ?)

そして、一体何を謝るというのか。

は彼から少し視線をずらして、ベッドの真っ白なシーツを見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し出す。

「わたし、あれからよく考えたんだけど……。やっぱり、わたしも悪かったんだと思う。あ、言っておくけどあなたも悪かったんだからね?そこのところよろしく」
ついのペースに巻き込まれてしまったジャックが、押され気味に「ああ」と答えてしまい、いよいよ緊迫した空気が決壊し始める。お互い心の底では警戒しあっているけれど、疲れきっていたのだ。しかしそれが、冷静で穏やかな話し合いの状況を作り上げてくれていた。

「わたし、突然この国の未来を委ねられて、さ……それで、自分ではちゃんと考えてるつもりだったんだ。任せられたからにはどうにかしなくちゃって。でも、きっとそれは本気じゃなかった。どこか、遠い世界のことみたいに思ってた。どうしても実感が湧かなかった」
のゆっくりとした話を、ジャックは難しい顔で聞いていた。どこか苦しげな、悲しげな、そんな顔で聞いていた。はそんな彼に器用だなあと感心して、自分もそれっぽい表情にしようと試みたのだが、なんだか顔の筋肉が硬かった。緊張しているのかもしれない。

「だから、あの時あなたに“大変そう”なんて他人事みたいに言ってしまった。わたし、それがどんなに酷い言葉かなんて気が付かなかった。幼い頃から何度も、人の立場に立って物事を考えなさいって教えられてきたのに……あなたの気持ちなんて考えもしなかった。あなただけじゃなく、この国の人の気持ちなんて、分かろうともしなかった。分からないものだと決めつけてた」
窓の外の空気が赤い。夕方、だ。どうやらは一度夕方を寝過ごしているらしいので、この夕方はあれから二度目の夕方なのだろう。

「だからあなたが、ああやって気持ちをぶつけてくれなかったら、いつまで経っても自分の非に気付けなかったと思う。あなたの気持ちに気付けなかったと思う。自分のしなくちゃいけないことの重大さに気付けなかったと思う。だから、あのね、それで、」
心から反省してのごめんなさいなんて、何年ぶりに言うのだろう。いつも、場の空気を流す為だけに使っていたその言葉。言ってしまえば色々なものから免れることが出来ると、都合よく使っていた中身の無い言葉。けれど、今はただ、相手にその気持ちを伝えたくて使う、言葉。

「ごめんなさい」
わたしが謝る必要なんて、よくよく考えれば無いのかもしれないけれど、その言葉に必要なんて求めなくてはならないほどわたしは大人じゃないから。

ジャックは、どうしようもない罪悪感に駆られて頭を抱えた。罪悪感など感じてはいけない程の事をしてしまったというのに、今目の前で「具合悪くなっちゃった?大丈夫?」と自分のことを心配している少女を直視することが出来なかった。

「後悔なんて、しちゃいけないのにな」
ジャックは気付いたら、そう口にしていた。は一瞬黙ってから、「当たり前でしょ」と言う。

「後悔なんてされちゃあ、たまったもんじゃないよ。そんな軽い気持ちで殺されかけただなんて、わたしは絶対に許さないからね」
の物静かな口調が打って変わって怒ったようになったので、ジャックは顔を上げた。だがそこに居たのは口調とは裏腹に、優しげな表情を浮かべる少女だった。

「だから、後悔なんてしなくていいから、一言謝ってください。そうしたら、もう一度この国について一緒に話し合いましょう。わたし、今度はちゃんと考えるから。だから、あなたに協力して欲しいの。わたし一人じゃ何も出来なくたって、あなたが協力してくれれば少しは何とかなるかもしれないでしょう?ね、ジャック!」
少女がベッドの脇まで歩み寄って、そこで膝を折りジャックと目線を合わせる。ジャックは彼女の言葉を、心の底では馬鹿らしいと思っていた。

なんだこいつは、馬鹿じゃないのか。俺がお前に何をしたのか、分かっているのか?「何とかなる」だなんて悠長な言葉に耳を傾けている余裕など無いこの現状を、本当に理解しているのか?
……それなのに、彼女を跳ね除ける言葉が、一つも出てこない。開けた口から代わりに出てきたのは、自分でも驚くような言葉だった。

「悪かった。すまない……
少女が嬉しそうに微笑む。一体どうしたというんだ俺は。ジャックはなんだかぐったりしてしまって、溜息を吐いた。どうかしている。この俺が、

―――こんな少女に賭けてみたいと、思うなんて。

調子に乗って手を差し出し握手を求める彼女の手を、僅かな躊躇の後で、ジャックはしっかりと握った。何が楽しいのか、少女がけたけたと笑い出す。気付けば彼もまた、笑っていた。非常に、愉快な笑いだった。
は自分の口から出てきた、わざとらしいまでの美事がおかしくて。ジャックは自分の生ぬるい愚かさが可笑しくて。二人は笑った。
程なくして騒がしさに気付いたピーターと、の姿を探しに来た常盤が部屋に入ってくるまで、二人は随分の間笑い続けていた。

笑っていることすら面白くて、笑えた。



*



。お前は、あんなことをしたジャックを許すのか?」
はジャックの部屋から元居た部屋に連れ戻されて、再び常盤と二人きりになった今、彼にそれを問われる。常盤はが部屋を抜け出して勝手な真似をしたことに、心底不機嫌なようだった。それは重たい口調と、“お前”という二人称からひしひしと伝わってくる。普段は君、と言ってくれるのに。

「許せないですけど、謝ってもらったので、許さないといけないと思ってます」
「謝ったぐらいで許せるような問題じゃないだろう」
「そうですけど、でも、彼の為に許すというよりは、自分の為なんです。わたしが誰かといざこざを残したままでいたくないから、なんです。だから、表面上だけでも解決して、すっきりしたかった」
常盤はの言葉を聞いて、暫く何も言わず眉間に皺を寄せていたが、やがて彼女の頭を優しく撫でて、言った。

「……分かった。じゃあ私も、君の為にあいつを許すことにしよう。表面上は、な」
は安心したように息を吐いた。わたしが原因で彼の友人が減ってしまうなんて、どうも後味が悪いと思っていたから。

「ありがとうございます」
は、自分がジャックの部屋に居たときに常盤が持ってきてくれた、今はもうすっかり冷めてしまったスープを一口啜る。常盤に美味しい、ということを伝えてから、何となくカーテンの閉められた窓の方を見やって、もう一度常盤の方に向き直って、まるで今思い出したかのように、言った。

「そういえば、わたし、思うんですけどね?」
「ん、なんだ?」
「あの人……ジャックは、本気でわたしを殺そうとしてたのかな、って」
何を言っているんだ、と常盤が眉根を寄せる。彼のその反応は予想できたものだった。話すかどうか迷っていたが、やっぱりやめた方が良かったかもしれない。と、は少し後悔した。

「まあ、こう思えば少しは自分の気持ちが楽かな、ってだけなんですけどね。彼、やってることがちょっと……中途半端で甘かったんじゃないかなって」
常盤は彼女の言葉に、改めてあの晩のことを思い出す。そして、確かにそうだと思った。
自分を地下に閉じ込めたのだって、かなり半端なやり方だった。あの屋敷には使用人やピーターだって居たというのに、何故ジャックは特に封鎖されてもいない地下等に自分を閉じ込めたのか。……よく考えれば、あのタイミングでピーターが現れたことも、出来過ぎている。それに、事を終えたジャックがいつまでもあの森の入り口に居る必要も無かった筈だ。そもそも……を手にかけるその方法は、薔薇の花でなくても良い。もっと簡単で確実な方法は、いくらでもある。ああ、本当に……

彼の計画は、まるで誰かに止めてもらいたかったみたいに、穴だらけだった。

「なんで、あいつはあんなことをしたんだろうな」
常盤が理解に苦しむといった様子で言った。も「ですよね」と彼に沿う。

「でも、わたしの希望的観測からすれば、彼は自分の気持ちを誰かに分かってもらいたかっただけなんじゃないかなって思うんです。いえ、思いたいんです」
「……気持ち?」
「どうしていいか分からないぐらい無性にイライラして、虚しくて悲しくてどうしようも無い時って、ありませんか?わたし、そういうとき誰かに当たっちゃうんですよね。優しくして欲しいのに、全然思っても居ないことを言って困らせて……で、自分が嫌になって」
常盤は困ったように笑う。その気持ちは分かるけれど、その本質をそこまではっきり言ってしまわれると、そういう時の自分を見透かされたようで恥ずかしい。彼女にはそんなところを見られたことなど無いし、見せるつもりも無いのに。

「でもそういう時って、誰かに自分の気持ちを分かって欲しくてしょうがないんですよね。あの時の彼は、この屋敷に招いてもらった時の優しい彼よりもよっぽど人間らしい感じがしました。だから、わたしは彼の言葉に心を動かされたんです」
心を動かされた、という言葉に常盤は一瞬ひやりとするが、平然とした顔のに危惧したような感情は無さそうで、ひとまず安心する。はそんな彼には気付かず、その視線を自分の掌に落とした。

わたしのこの手は、白魚のような美しい手でもなければ頼りがいのある逞しい手でもないけれど、なにも出来ない飾りでもない。

「わたし、今は本気で、この国をどうにかしたいって思っています」
その言葉を聞いた常盤は、やはりいつも通り微妙な面持ちだった。けれど、はもう、それで誤魔化されたりはしない。

「ジャックに影響されただけじゃありません。何よりわたし自身が……常盤さんも黄櫨くんも、この国も……好きになっちゃったんです」
結構。と、付け加えたのはただの照れ隠しだ。

「だから消えて無くなってしまうなんて、絶対に嫌なんです。絶対に、嫌」
はぎゅっと掌を握り締める。こんなに不可思議で素敵な不思議の国と、優しくしてくれる人たちを、守れるんだったら守りたいと思う。それは、本心からの言葉だ。
は有無を言わせない口調で、言った。

「だから、協力してくださいね」
常盤はから目を逸らし、小さく「分かった」と頷いた。は苦笑する。

(わたしはこの国の皆の笑顔に見送られて、元の世界に帰っていく、そんな未来に辿りつきたい)



―――……それは、嘘でしょう?

折角綺麗な心で綺麗なことばかり言っていたのに、最後の最後で自分の中の誰かが異論を唱えた。一体、何が嘘だっていうのよ!……―――ああ、そうか。

全てが終われば、わたしはいずれまた、あの面白みの無いリアリティに欠けた“現実”世界へ帰らなくてはならない。何故なら、あの世界にわたしを繋ぎ止めるものがある限り、それがわたしの義務だからだ。青い薔薇の晩にも、わたしは自らそう口にしていたじゃないか。なのに、何故だか今、それを考えると、



(夢から醒めたような気分だ)
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