さあさ!お菓子をよこしな!!
さもなくば、お前に悪戯してやるぞ!!

さあ!皆の者!起きるのだ起きるのだ!
腐った身体で今再び、この地を練り歩こう!!


悪夢の始まりさ!!!



【ハロウィン・パレード T】 〜とある10月の終わりのこと〜



がたん、ごとん、がたん、ごとん。
規則的に揺られる、泥酔して眠るサラリーマン。イヤホンから音楽を漏れされる金髪の日本人。肩を寄せ合うカップル。とっくに日付を跨いだ頃の電車では人もまばらで、個人個人に目が行くために居づらいような気もする。

カップルの女の方が先ほどから見せつけるようにこちらの方をちらちらと見てくるが、はその視線よりも、気持ち良さそうに眠るサラリーマン達を苛々と睨み付けた。彼等は、週末だからと羽目を外して、好きなだけ浴びるように酒を飲んできたのだろう。良いご身分だ。

(わたしなんて、今仕事が終わったばかりなのに……畜生!!)
わたしだってわたしだって、9時くらいには会社を出て、カラオケだって行きたかったし、お酒だって飲みたかった!!そんな元気もう無いけどね!!

簡単には起きないと思うが、万が一恨めしい視線に気づかれて絡まれでもしたら大変だ。はサラリーマンから視線を外す。
……ああ、ああ、黙っていると、お腹が鳴りそうだ。こんな時間に食べると後で後悔するとは分かっていながらも、いっそのことハンバーガーショップにでも行って大量のカロリーを腹に詰め込んでやろうか!と自棄になる自分も居る。しかし結局、ポケットの中のキャンディを口に投下することで、欲求を抑えることにした。

ポケットの中には、同じ飴があと二つ程入っている。
会社の愛想の良い同期が、部署の全員に配っていたものだ。どんな気まぐれだかは知らないが、よくやるなあ、と感心する。少々ひねくれ混じりにだが。

ミルク味のソフトキャンディは、どこか懐かしい味がした。普段なら甘すぎるかもしれないが、疲れた身体には心地良く染み入る。何かお返しでも買っていくかー、と考えながらも、はうつらうつらとし始めた。
スペクトル密度が周波数fに反比例するから。1/fゆらぎだから。だから眠いんだ……と、どこかからそのまま引用してきたような根拠で、論理的ぶってみたりする。ああ、駄目だ、眠い。1/fゆらぎだから、眠い!
キャンディ食べながら寝て、涎垂らしたらみっともないなあ、と思いつつも、はゆっくり瞼を閉じて顔を俯かせる。目を閉じる最後の瞬間、カップルが熱い口付けを交わしていたのは見なかったことにしよう。そうしよう。

がたたん、ごととん、がたたん、ごととん。

その規則的な心地よい揺れに、週末の、それも真夜中まで働ききったの身体は、数分と待たずに睡魔に取り込まれていった。



*



目が覚めると、空気がひんやりと寒かった。は電車が止まっていることに気が付き、ぎょっとして椅子から立ち上がる。窓の外は霧がかったようにぼやけて、ここがどの駅なのか分からない。ドアは閉ざされていて、乗客は一人だった。一番驚いたのは、電車内の電気が消されていることだ。

もしかして、終電も回送も全て寝過ごして、車掌さんに気づかれぬままに、車庫かなにかに格納されてしまったのだろうか―――?

それくらいしか、この状況を説明できない。一度考えたら、疑うこともなく納得できた。しかし、同時に顔を青くさせる。そうだとしたら、明日の朝までここにいなくてはならないのだろうか…?さっ、と車内を見回すと、そのあまりの静けさと不気味さに、背筋が凍った。慌てて鞄から携帯を取り出すが、絶望的なことに充電切れで、画面には何も表示されていない。こんなことなら、面倒臭がらずに毎晩充電しておくべきだった。

とりあえず腕時計で時刻を確認すると、午前2時を回る頃。『丑三つ時』という不吉な単語が頭を過って、必死に振り払う。一度そういう思考に嵌ると、中々抜け出せないものだ。

(……そういえば、ここが車庫だとして、電気が消えているのに、完全に真っ暗闇ではないのはどうしてだろう。それに、窓の外の霧は一体……?)

は恐る恐る、窓に近づく。向こうは、暗いが、やはり僅かに、薄明るい。電車を洗浄するミストのようなものだきっと!と考えようとするが、今度は納得までには至らなかった。じっと見ていると、霧の中から見たくないものが見えてしまいそうで、無理やり目を背ける。

……どうしよう、誰かに気づいてもらわなければ。こんな場所、少しでも早く出ていきたい!
は外との連絡手段の絶たれた今、自分に何ができるかを考える。落ち着け、落ち着け、良い大人が慌てふためいていたって情けないだけだ!!

(そういえば……非常ベルとかは無いんだろうか…?)
確かある筈だ。注意して見たことはなかったが、思い浮かべようと思えば思い浮かぶ。そうだ、ドアの近くだ…!

ドアの方に目をやるとその付近の壁に、思い描いた通りの、赤く丸いボタンが埋め込まれていた。いざ、鳴らしにゆかん!とドアへ踏み出したは、次の瞬間驚いてその場に腰を抜かしそうになった。

ドアが、開いたのだ。

プシュー、と聞きなれた音を立てて、まるでの行動に反応したかのように、電車の全てのドアが一気に、開いた。

「……う、ぇ」

驚きと恐怖で、上手く声が出せない。けど、キャー!なんて叫んでしまったら、それこそホラーの世界に迷い込んでしまったことが確定してしまいそうだ。

外に出るべきか留まるべきか、は考える。このままここにはいたくないが、一歩先もよく見えないような外に出て行って、それでどうなる?ここに居た方が、安全ではないだろうか?

震える身体を自分の両手で抱きしめて、何度も背後と左右を確認する。……ここも、怖い!
結論として、少しだけ外に出てみることにした。

震える足を、少しずつ前に出す。ただ、ドアから出ようとした瞬間にドアが閉まって身体が真っ二つ、なんて展開を想像してしまった為に、ドアを出るその瞬間だけ駆け足になった。

外に出てみて分かったのは、足元が砂利だということと、森の独特の匂いがする、ということだった。

(こここ、こんなの絶対おかしい!なんで電車が森の中に止まるの!?……やっぱり車内に戻ろう)

そうして振り返ったの目に映ったのは、閉まったドアと、ドアの向こうで貼りつくようにして笑っている、

赤い男達だった。


充血した目、人の皮膚を頭の先から剥いだような赤い肌の男達は、全員が窓に張りついて、低く不気味な声でを笑っている。


「嫌ぁああああああああああああああああ!!」


必死で叫んだ。ガクガクと笑っていた膝は崩れ、その場に座りこんでしまう。
―――その時、電車が発車した。
男達の笑い声を残して、電車はどこかへ走り去っていく。そして、遠く闇に溶け込んで、すぐに見えなくなった。

男達が目の前から消えたことに安堵するでもなく、暗い森に取り残されてしまったことに嘆くでもなく、ただ、は自分の理解の範疇を超える恐怖に震えていた。久しぶりに流した涙が、とめどなく溢れる。心臓が飛び出してしまいそうで、痛い。暗闇の中で、自分の押し殺した嗚咽と、鼓動だけが響く。

「ぅっ……」

頭がおかしくなってしまいそうだ。膝を抱えて、頭を抱え込み、祈る。これが夢でありますように!夢でありますように!夢だ夢なんだそうにちがいないこれは夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ!!



「お姉さん、何してるの」

「ひっ!」

突然掛けられた声に、は大きく肩を震わせ、恐怖で張りついた顔を上げる。そこに居たのは、全身を黒いマントで覆い、深くフードを被った少年だった。その手には、大きな鎌を握っている。その姿はまさに、死神そのものだ。

(……わたしを、殺そうとしている?)
その考えに至ったとき、は自分でも驚くくらい即座に震えを止め、立ち上がることができた。生への執着心故だろう。逃げ切れるかは分からないが、逃げるしかない!は相手を挑発しないようにゆっくりと後ずさり、相手に動きが無いのを確認してから一気に駈け出そうとした。

「待って!僕は人間だよ!!」
「……え?」
走り出した足を止めて、その一縷の希望に反射的に振り返る。少年は、バサッと勢いよくフードを脱いだ。―――その下には、鳶色の髪と金色の瞳の、あどけない少年の顔がある。
皮膚はあるし、目も正常なように見える。真っ白な肌や変わった色の髪と目の色から、その辺に居る普通の子供ではないようだったが、それでも、人間のようにしか見えない。

「……普通の、人?」
「お姉さんと同じ、ね」
「ほんと…?」
歩み寄れば『ウソだよ』とその顔を豹変させ、小さな口を横に裂いて、手に持った鎌で首を刈り取られてしまいそうで、近づきたくても近づけない。の考えを察したのか、少年は手に持った鎌をゆっくりとその場に置いて、に近づく。


「大丈夫だよ。僕はお姉さんに危害は加えない」

は、何だか久しぶりに人と会話をしたような気がして、安堵と喜びから涙を流した。
しかし、淡々ながらに優しい言動を取っていた少年は慰めることもせず、素早くの腕を掴んだ。

「な、なに…?」
「僕はお姉さんに危害を加えないけど、ここには、お姉さんに危害を加えるような連中がたくさん居るんだ。急いで」
自分より大分身長の低い少年に力ずくで立たせられて、そのまま引っ張られる。

「い、急ぐってどこに行くの?」
少年はもう片方の手で鎌を拾い上げ、グングンを引っ張ってどこかへ連れて行く。この少年もやっぱり危険なのではないか、とは不安になるが、自分を掴むその小さな手がしっかりと暖かいのを感じて、まだ信じていたいと思った。


「急ぐんだよ。急がないと、永遠に迷って帰れなくなる」
「永遠に?ねえ、これからどこに行くの?」
の問いに少年は少しだけ振り返って、どこか暗い面持ちで言った、



「ハロウィン・パレードだよ。お姉さんも参加するんだ」



訳が分からないけれど、そういえば昨日は10月31日だったことを思い出した。ああ、だから同期のあの子はお菓子なんて配っていたんだなあ、なんて、場違いなことを考えて、なんだか腑に落ちる思いだった。
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