0「光の神子と闇の戦士」



「地上人は一人残らず殲滅せよ」国の誰もが、口々にそう言った。
 地上はかくも恐ろしく悍ましく、そこに根を張る地上人は醜く卑しく呪われた存在である。それが、少女が暗く閉ざされた闇の国に生れ落ち、言葉を解するようになってから、初めて父から教わった世の理である。

少女の父は闇の国で一番の戦士であり、王と国民に絶対的な信頼を寄せられる偉大な勇者であり、誰よりも地上に憎しみを抱いていた。男の、闇の国の者ならば誰もが持っている「光の国」への憎しみを一層強めた所以は、少女が生まれて間もない頃にある。遡る事十年前、光の国と闇の国は、戦火の中にあった。結果は双方に甚大な被害だけを残し、それ以外の変化はもたらさなかった。ただ男には、愛する妻を失うという世界を変えるほどの変化を与えて、終結したのだ。少女が父の付き人に聞くところによると、それまでの父は優しく、明朗快活な男であったという。今の厳しく冷徹な父からは想像もつかない。……暫く顔を合わせていないのだから、今の父を知っているわけでもないが。

「ミヤコ様、どちらへ行かれるのですか」
廊下を歩いていると、給仕の女がそう呼び止めた。昔からこの屋敷に仕えるその女は、ミヤコが一言「外だ」と答えると、側へやってきて甲斐甲斐しく少女の髪を撫でつける。
「ミヤコ様は今年で十歳になられるのですね。とても美しく、逞しく、凛々しくご成長なさいましたこと、私めは心より嬉しく思いますよ。きっとお母様もお喜びになられていることでしょう」
歳を重ねた給仕は一度喋り出すと長い。また顔も知らぬ母の昔話でも始まるのかとミヤコは身構えたが、幸い給仕はその話を続ける気は無いようだった。手櫛ですっかりまとまったミヤコの短い髪を撫で、切なそうに目を伏せる。

「ミヤコ様の髪はとってもお綺麗でございます。……本当は長く伸ばされたいでしょうね。長い髪を流行りの飾り紐で結って、鮮やかな着物をお召になりたいでしょうね」
ミヤコは不思議そうに目を丸くして、涙声の給仕の顔を見上げた。

「婆、何を言うのだ。わたしは男だ。そのようなものには興味などない」
ミヤコには自分が生物学上“女”だということは分かっていたが、それはそれ以上でもそれ以下でもないただの事実でしかなかった。ミヤコにとって重要なのは、女はこの、建国の時より王に仕える勇者の家系を継げないという現実と、『強き戦士であれ』という父の望みだけなのだから。ミヤコは常に、其れを自分の存在意義と定めてきた。

「そうでございますね」とだけ言った給仕の顔を見ずに、ミヤコはその場を立ち去った。


「ミヤコ様だわ!ミヤコ様がいらっしゃったわ!」
街へ出ると、理解しがたい流行とやらの、極彩色の花飾りを頭上に散らかした貴族の娘達が、ミヤコの元に我先にと駆け寄る。ミヤコはまたか、とうんざりした心持ちでそれを迎えた。
「ミヤコ様、遊びにいらしたんですの?でしたら私と一緒に、飾り紐で遊びません?」
「いいえ、ミヤコさまにはもっと別の遊びが良いですわ。ねえミヤコ様、私のガラスの毬玉で遊びません?」
「皆、ありがとう。だが飾り紐とは君たちをより美しく飾るためにあるものだろう?それに、ガラスの毬玉で毬付きなんてしたら壊してしまいそうだ」
わたしは、美しく儚いものは眺めているだけでいいんだよ、と微笑みながら言ってやると、娘達が頬を上気させて黄色い歓声を上げる。ミヤコはその隙に、その場を去ることにした。速足で雑踏を抜けるミヤコの背中に、街の人々の声がかけられる。

「すっかりご立派になられて」「堂々としたものだ。娘達が騒ぐのも頷けるなあ」「罪なお方ね」「家の娘を貰って下さらないものか」「あら家の娘だって」
ミヤコは顔には出さないものの、勝手なことを言いやがる、と心の内で毒吐いた。
この少女は、皆が感心を示す“恋”というものを、まだ知りはしなかった。

いつものように、町外れの今は使われていない炭鉱までやってくると、周囲に誰もいないことを確認する。一つの気配もないことを確認すると、ミヤコはごろごろ所構わず転がる岩と岩の狭い隙間に潜り込んでいった。彼女の目的地は、子供一人分がようやく通れるこの大岩の隙間に隠された、洞窟である。そこは、彼女だけの“秘密の場所”で、他の者は誰も知らない。少なくとも、この秘密の場所の“秘密”を知っているのは自分だけだと、ミヤコは根拠のない確信を持っていた。

(わたしは知っている。この洞窟が―――光の国と、繋がっていることを)

地下と地上を繋ぐ場所は、どんなに小さな場所でも必ず見張りの者が立ち、誰であろうと二つの境界線を越えることはできないようになっている。しかし歴史書を見るにも、たまにこういった抜けが出てしまうようだ。ミヤコはようやく洞窟に辿り着くと、上を見上げる。そこにあるのは、上にあるのは確かに、地下では有り得ない“光”というものなのだ。

(炎とは違うのだろうか?あれが、父のいう忌まわしき呪いの源なのだろうか?)
ミヤコは、針の先ほどの白い光を見つめる。その瞳に、疑念を宿して。

(醜く卑しく呪われた、母を殺した悪魔…。そのような者が、あの先に居るというのだろうか?)
普段隠し続けてきた、厳しく冷徹な父に対する反抗心故の疑いだったのかもしれない。結果的にはそれが最終的な判断のきっかけとなった。だがしかし、純粋な好奇心も持って、ミヤコは壁の凸凹に手と足をかける。そして―――地上へと、登り始めてしまった。

考えていなかったわけではない。この場所を見つけたときから、いつかは自分がこのような愚かな行動に出るだろうと、本能的に予期していた。今回事に及んだのは勃発的で無計画な子供の好奇心故だと思うようにしていたが、自分の足取りに少しの迷いもないことが恐ろしかった。もしかすると、逃げ出したかったのかもしれない。父と周囲の圧迫から、自分を偽る日々から、きっと逃げ出したかったに違いない。

(……少し、少しだけ覗いたら、戻ってこよう。そうしたら、この負の感情を忘れて、また立派な勇者になるべく、頑張るんだ)
そうでなければならない、と自分に言い聞かせながら、だから、この一時の罪は見逃してくれと言わんばかりに、少女は上を目指す。

やがて少女の髪先程の白い点は、少女の爪程の丸となり、見る見る間に少女の身体程の大きさになっていく。手が痺れていた。回復の術札は懐にあったが、意識をそちらに移せば、すぐさま転落してしまいそうだった。けれど今は足元に広がる闇よりも、目の前の光の方が恐ろしい。恐ろしく、美しい。

(なんだ…この暖かさは)
あと少し、あと一歩、さあ、未知の世界はすぐそこだ。

―――光に飛び込んでからというもの、暫くは目を開けることができなかった。あまりの眩しさに、視界を眩ます光に、これが悪魔の力か!と思ったのも束の間、すぐにその心地よい明かりに心が凪ぐ。暫く瞳を閉じていると、強すぎると感じた光が、柔らかなものに感じるようになってきた。ミヤコは恐る恐る目を開ける。そして、息をのんだ。

すぐ目の前に、生き物がいる。

雪のように白い肌で、薄い杏色の唇をきゅっと引き締めて、大きな青の瞳を揺らした少女らしき生物が、ミヤコをじっと見つめている。深い藍色の髪は宙を舞い、少女の後ろでは色とりどりの花びらが咲き乱れ、青く澄んだ空が広がる。

ミヤコは、震える足でその場に立ち、目の前の少女に向かい合う。

「……貴女は、光の国に住まうという、悪魔か?」
「……貴方こそ、闇の国に住まうという、妖魔なの?」

二人は暫くそうして見つめ合っていた。が、言葉が通じ、また自分たち以外の者の姿が無いと知ると、僅かに安堵し地に腰を下ろした。それから暫く互いに何も言わず、その場を立ち去ることもなく、呆然と座り込んでいたが、ミヤコは自分の下にあるものに目を留めて呟いた。

「…これはなんだ?随分と脆い花だ」
糸で縫いつけられている筈の花びらは、少し引っ張れば簡単にちぎれる。茎を持てば、プツッと地面からとれた。変な、感触だ。しかしもっと驚いたのは、目の前の少女が突如瞳に涙を浮かべたことだった。その時初めて、年の頃が同じなのではないかと思った。

「な、何を泣いているんだ」
「駄目よ、お花たちに酷いことしないで」
「お花たち?悪いのは、このような甘い縫製をした職人だろう?それとも、ここでは質より量なのか?よく見ればそれぞれに大きさも形も色も違う」
「当たり前だわ、生きているんですもの」
ミヤコは驚いて、今引き抜いたばかりのその花を凝視する。よく見ればそれは、作り物とは違い、妙に生生しく、水水しい。

「生きている……?」
「そうよ」
ぎょっとした。花に気を取られている間に、気付けばその藍色の髪はミヤコの隣で揺れていたのだから。少女の白く細く冷たい手が、ミヤコの手に触れる。

「命を粗末にしてはだめよ。全ての命は等しく、神から与えられたものなのだから」
「……ごめん、生きている花を見たのは初めてだったんだ」
ミヤコは手元の花を、そっと少女の長い藍色の髪に挿す。橙色の花が、少女にとてもよく似合っていた。

「せめて、美しい貴女の側で、もう一度生かしてほしい。死してなお、貴女の傍なら幸せだろう」
ミヤコは自身の言葉に驚く。このような歯の浮く台詞など、今まで幾度となく社交辞令として用いてきた筈だった。で、あるのに、身に着けた言い回しや句などは使いもせず、口から出たのは、死してなお幸いなどという酔狂な言葉だった。藍色の少女は驚いたように瞳を見開いてから、ふわりと微笑んだ。

「変なお方。……貴方、お名前はなんと仰るの?」
「わたしはミヤコ。闇の国の戦士として修業中の身だ。……貴女は?」
「私は青藍。光の国の神子として、神に仕える身よ」
いつの間にか、二人の間に警戒心など無かった。ミヤコは鞘を腰から抜き、青藍はベールを脱いで、駆け回っては語り合い、また駆け回った。花を避けながら駆け回る自分たちを、青藍はまるでダンスをしているようだ、とおかしそうに笑った。

「青藍、貴女は不思議な人だ。とても美しく、とても優しい。皆の言うような悪魔には見えない」
「ミヤコ、貴方もとっても不思議!凛々しく聡明で、とても素敵な方!」
ミヤコと青藍は、今まで周囲の大人たちが嘘を吐いてきたのだとしか思えなかった。今までの全てを疑う程に、互いに惹かれ合っていた。

「……もう、帰らなければ。屋敷の者が心配をしてしまう」
「もう、帰ってしまうの?」
青空が少しずつ赤を孕みはじめた頃、ようやくミヤコは、時間というものを思い出した。時計は持っていないからどのくらいの時が過ぎたのか知ることはできないが、少ししか居なかったような気もすれば、随分長く居たような気もする。帰ることを告げた途端、二人は突然寂しくなり、離れ難そうに見つめ合った。

「また、会えるさ。約束しよう」
「本当に?……ミヤコ、小指を出して」
青藍の言葉にミヤコは首をかしげながらも、そっと小指を差し出す。すると青藍はそれに自分の小指を絡ませて、

「神よ、我らの誓いを、未来をご約束ください」と小さく呟いた。

「今のは?」
「ふふ。約束の徴よ。神様に、私たちの約束を誓ったの。それから、その約束が果たされるよう、守って下さるように」
「お守りみたいなものなのか?凄いな貴女は。ありがとう」
ミヤコはどちらからともなく離された小指に、何か熱い力が宿っているような気がして、愛しそうにそれを唇へと寄せた。そして自分の懐から一枚の札を取り出すと、それを青藍の手に握らせる。

「これは?」
「まだ未熟だが、わたしの力が込められている守りの札だ。また会うその時まで持っていて欲しい」
ミヤコがそう言うと、青藍は大切そうにその札を胸元に寄せ、涙をこらえて微笑んだ。

それが、闇の国の戦士と光の国の神子との出会いであった。



―――あの日から、八年の時が過ぎようとしている。
五年前、父が遠征先の流行病でこの世を旅立ってから、ミヤコは彼の呪縛から解き放たれ、性別を偽ることを止め、今では飾り紐やガラスの毬に興味を抱くような、十八の娘になっていた。一族の長の座を叔父に譲ったミヤコだったが、その実力は自他共に認める、国一番の戦士になっていた。彼女の強さは、生まれ持っての才能と、彼女の血の滲むような努力の賜物であり、また、その裏にはいつも一人の少女との約束があった。

ミヤコと青藍の再会の約束は、未だ果たされてはいない。ミヤコが初めて地上へ向かった次の日に、大きな地震があり、岩が雪崩を起こして炭鉱に近づけなくなってしまったのだ。当時は数日間悲しみに暮れていたが、やがてその思いは、力を求めることで紛れていった。
彼女に会うにも、力が必要だと思ったのだ。国王さえ動かせる力を身に着けることができれば、二つの国を長きに渡る因果から解き放つことができるかもしれない。それだけを信じて、ミヤコは今日まで、来る日も来る日も修業に励んできたのだった。しかし、彼女の夢を叶えるには、八年はあまりにも短い時間だった。

今日、ミヤコ率いる一軍の、光の国への侵攻が決まっている。
先に仕掛けてきたのは、光の国だった。先日、光の国からの突然の攻撃により、十八年間の停戦状態は終わりを告げた。十八年の間、光の国はこの戦争のために準備をしていたに違いない。同じく、いつでも戦争に入れるように供えられていた自国の武器庫を見て、ミヤコは自分の考えが甘かったことを知る。
両国は、この十八年間、一時も休むことなく憎みあい、休戦は決着のための準備が目的であったのだと、知るのだ。

(―――青藍、あの少女は、この戦いをどう思っているのだろうか?心優しく、命の大切さを知っている彼女なら、きっと嘆き悲しみ、苦しんでいることだろう。わたしのことを、想ってくれているだろうか。……しかし、国の者を傷つけられた以上、わたしは戦わねばならない。貴女との再会がこんな形になるなんて考えてもみなかったけれど、大丈夫、貴女は必ずわたしが守る。そうだ、二人でなら、戦いを止める手立てが思いつくかもしれない)

胸の前で手を組み祈りを捧げると、ミヤコは剣を高く掲げ、千にも上る兵を率いて地上へと出陣していった。



「あの少女は、大層悲しみに暮れていることだろう」
地上に出て開口一番に、ミヤコはそう嘆いた。記憶の中のあんなにも美しかった光の国が、今は見る影もなく、炎と黒煙に包まれ、断末魔の叫びを響かせているのだ。
次々に襲いかかってくる光の国の軍を、ミヤコは悲し気に目を細めながら斬り捨ててゆく。仲間も何人かは既に命を落としていたが、それでもミヤコが一向に動じず、圧倒的な力で敵を薙ぎ払っていく様は、軍の士気を上げるばかりだった。
誰もがミヤコを勇者だと認め、畏怖し、憧れ、彼女と共に戦場に立てることを喜んだ。闇の国の軍は例え両の腕が無くなろうと、頭だけになるまで、誰もが戦うことを止めなかった。敵でさえ、殺されるならば彼女を選んだだろう。彼女の強さは、神懸ったものだった。

ミヤコの目覚ましい活躍でその戦は半月もしない内に決着が着き、長きに渡る戦いは闇の国の勝利に終わった。


「この国の神子に会わせていただきたい」
勝利を収めたミヤコが、敗国に要求したのはそれだけだった。光の国の王は『神子は神に仕える神聖な存在で、国の者でも会うことは許されない』と拒んだが、光の国の者を皆殺しにせんとする闇の国の国王を抑え、光の国を擁護しているミヤコ相手には拒みきれず、渋々了承する。反対する者は誰もいなかった。戦が終わってからというもの、対等な立場で助け合っていきたいと主張するミヤコは、光の国の者にとっても勇者であった。
彼女の力が闇の国を勝利に導いたといっても過言では無い今、彼女の言動は両国にとって強大な力を誇っているのだった。

ただ、誰になんと褒め称えられようと、ミヤコの心が動かされることは無かった。彼女の胸の内には、ただただ一人の少女への想いがあるのみで、彼女に微笑んでもらえたその時初めて、自分の長く苦しい修業と悲しく痛い戦のその全てが、昇華されるのだと思っていた。

ああ、ようやく会える。あの日の約束が果たされる。
彼女に会ったらまず、自分が女であったことを明かさなければならないだろうか。しかし、名乗らずともわたしのことを分かってくれたなら、どれほど幸せだろうか。ああ、自分なら間違いなく、青藍、貴女がどんな姿になっていても貴女だと分かる…!!


そんなミヤコだからこそ、案内された神殿で、怒りに声を荒げた。


「神子は何処だ!!隠し立てすると容赦ないぞ!」
「ど、どうか心をお鎮め下さいませ!神子様なら目の前にいらっしゃるではありませんか」
そう言って神殿の侍従が示すのは確かに神子装束を身にまとった女だったが、目も鼻も口も違う。髪だけは美しい藍色をしていたが、それでもミヤコの求めた人物とは違っている。

「貴様、わたしを騙す気か!?」
「闇の国の勇者様」
青藍ではない神子が、静かに口を開いた。まさしく神に一番近い存在であるかのような重圧感のある声に、ミヤコは抜きかかった剣を鞘に納める。

「闇の国の勇者様。あなた様のお会いになりたい方は、どなたでございますか」
「私が会いたいのは、蒼い髪の、美しい心の少女だ。名を青藍という」
ミヤコがその名を口にした瞬間、その場に居た全員が顔を青くさせ、そして、目を伏せた。

「何だというのだ、青藍は、彼女は一体どこに居るんだ!!」
「闇の国の勇者様。その者は、既にここには居ないのですよ」
“神子様!”と、誰かが彼女を制止するように声を上げた。ミヤコは嫌な予感がしていた。どうしてこの時、耳を塞ぐことができなかったのか、と、彼女は後に悔いることになるのだ。


「青藍という名の者は、今から八年前に、反逆者として処刑されました」
神子は、凛とした声で一言一句正確に、紡ぐ。

「あの者は、私の前の神子でございました。しかし、光の国の神子として光の神に仕える身でありながら、闇の呪術をその身に受けていたのです。妖し気な悍ましい術札を肌身離さず持ち歩いて手離さなかった為、神の怒りを買い、神通力を失ったのです。神を裏切った者として、生きたまま炎に焼かれ、死んだのです」
ミヤコは息をすることさえ忘れ、神子の言葉を聞いていた。身体のどこにも力が入らない。口の中が乾いていた。心臓だけが活発に、早鐘を鳴らしている。
神子はミヤコに歩み寄ると、茫然とする彼女を鋭い瞳で見据えた。

「あの者に、あの術符をお渡しになったのはあなた様ですか?」
「じゅつ……ふ……」

―――『これは?』
―――『まだ未熟だが、わたしの力が込められている守りの札だ。また会うその時まで、持っていて欲しい』

「思い当たる節がお有りなのですね」
神子の言葉に、ミヤコはその場に膝を付いた。神子の言葉が真実ならば、青藍を殺したのは、

「……ぐっ」
ミヤコは、突如胸元に刺さる鋭い痛みに、呻き声を上げる。侍従が、大きな悲鳴を上げた。神子の手には小さな小刀の柄が握られており、その刃はミヤコの胸に突き立てられている。

「前の神子は、私の姉でございました。優秀な神子になることを約束された、才能ある者でございました。何故あなた様は地上に参られたのです。あなた様が姉の前に現れさえしなければ」

扉の前に控えさせていたミヤコの付き人が、騒ぎを聞きつけたのか中に踏み込み、神子に弓を放つ。ミヤコは、咄嗟にその鏃を自身の身体で受け止め、神子を庇っていた。彼女は驚いたように目を見開く。ああ、感情を露わにすると、あの少女と似ていないこともない。

神子が何かを言っているようだったが、ミヤコにはもう何も聞こえてはいなかった。

(青藍、わたしは貴女を愛していた。貴女は、わたしの生きる意味だった。貴女の居ない世界になど、生き永らえる理由はあるまい)
痛みに遠のいていく意識の中、ミヤコは彼女のことを想う。せめて貴女のことを想える最後は美しく聡明なわたしでありたいと思うのに、愚かな少女の情けない心の内があふれ出る。

(青藍、わたしは貴女と再会したら、まずわたしが女だということを言ってしまうのに結構緊張していたんだ。でもきっと、貴女は優しいからこんなわたしを受け入れてくれるだろう?そうしたら、二人で光と闇、二つの国を仲直りさせて、協力して繁栄させていくんだ。普段は、わたしは剣の修業をして、貴女は二つの神に祈りを捧げて、そしてわたしが怪我をしないように、と祈ってくれるんだ。たまには二人でガラスの毬玉を眺めたり、街で流行の着物や簪を見て回って、団子の食べ歩きなんかするんだ。わたしは醤油が好きだけど、貴女は餡子が好きそうだな。好きなだけ食べて、そしたら、わたしは貴女に、さっき貴女が見とれていた簪をさりげなく渡すんだ。貴女は驚いて、それからとてもうれしそうに笑って―――)

青藍、貴女が八年前にこの世を去っていたなら、わたしはこの八年間、誰に祈りを捧げていたのだろう。誰の為に、生きてきたのだろう。



………せめてわたしたちが、同じ場所に生れ落ちれば、別の未来が待っていたのだろうか。



―――――――――――――――――――(神よ、我らの誓いを、未来をご約束ください)

inserted by FC2 system